第143話 食い違い

「どうして、あいつは、来ないの!」


「シ、シエル。一旦落ち着いて…」



女神祭初日、午前8時過ぎ。食堂。

私は怒りからか、その体を震えさせるシエルを宥めていた。


「落ち着いていられないよ!絶対来てって言ったのに!どんな神経してるの!」


しかし私の言葉は今のシエルには届かない。シエルは周りの後輩の視線も気にせずに怒り続ける。


「ああもう、本当に腹立つ!だったらこっちにも考えがあるから!イヴェルちゃん!」


「は、はい。」


「この後時間あるよね?あの意気地なしの部屋に行くよ!ここまで来たら是が非でも対面させてやる…」


握り込んだ拳をワナワナと震わせそう宣言をするシエルに、私は従うしかなかった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「さあ行くよ!イヴェルちゃん!」


「あ、あぁ…」


恐ろしい速度で朝食を済ませ、さっさと食堂を出ようとするシエルに私はついて行く。食事の際に大体の話はシエルから聞いた。


曰く、シエルは最近、妙にギクシャクとしていた私達の関係性について色々と考えていてくれたらしい。それに関しては私にも心当たりがあった。


最近、アルトと対面すると何故だか緊張してうまく話せなくなってしまい、つい逃げてしまってばかりだったのだ。昨日の早朝だってそうだった。それらしい事を言って逃げてしまった。


彼の姿を見ただけで目が離せなくなる。その声を聞いただけで鼓動が高鳴る。ただ近くにいるだけで体が灼けるように熱くなる———



今まではこんなことなかった。生まれて初めて体験するその感情を、私はどうしていいか分からないのだ。……いや、それも言い訳か。


シエルの言う通り、ここで一度無理矢理にでも話し合って蹴りをつけるべきなのかもしれない。この未知の感情と。


「アルトはこんなところで寝泊まりしていたのか…」


「うん、ここの2階なんだって。私も最初聞いた時は驚いたよ、なんでも寵愛者を受け入れるためだけに作られたんだとか」


私たちが宿泊している棟から、渡り廊下を通った先の別館にアルトの部屋はあるらしかった。別館とはいえ、本館と同等もしくはそれ以上に綺麗な建物だった。部屋割りをされてからアルトとはほとんど会っていなかったため、部屋の場所は知らなかったが…まさか別館にあるとは。



私とシエルは階段を上がり、アルトの部屋のある2階に到着した——そのとき、1人の男性とすれ違った。


淡い橙色の髪に青色の瞳。身長はアルトと同じくらい。教会の関係者か何かだろうか。

しかし、その割には服装がカジュアルすぎる気もする。しかし、それ以外におかしな箇所は見当たらない。


私とシエルは男性へ軽く会釈をするだけでそのまま廊下を進み、その男性は階段を降っていった。



それから10秒ほど歩き、私たちは1つの扉の前に辿り着く。きっとこの扉の先がアルトの部屋なのだろう。


その先にアルトがいる。そう考えると急に身体中に緊張が走るが、私は一度深呼吸をしてそれを押さえつける。

取り敢えず、避けるような行動をしていたことを謝ろう。その上で善処する旨を伝え、その後で出来れば女神祭に誘ったり———



バンッ!!


「おはようアルト君!ところで、どうして昨日は来なかったのかな!?」


私がそんなことを考えていた矢先、シエルが突然に扉を開いて部屋の中へと入っていった。


「シ、シエル!!ノックも無しに入るのは...」


「良いんだよイヴェルちゃん!アルト君は窓から逃げたりしそうだし、あっちの対応なんて待つ必要は———っていない?」


私もそれを追って急いで部屋の中に入る。

が、その中にアルトの姿はなく、少しだけ広い空間があるだけだった。


「逃げられた!?もー!本当に面倒くさーい!」


アルトに先んじて逃げられたこと悟ったシエルは、部屋のベッドへ乱暴にその腰を下ろした。


「もー!本当にどうする気な——ん?なにこれ...え、これってどういう...こと?」


足をバタつかせながらアルトへの恨み節を呟いていたシエルだったが、ベッドの端にあった一切れの紙を手に取った後、その紙を凝視して戸惑うような声を出した。


「シエル?どうした?」


「こ、これ…」


シエルはこちらへその紙を差し出す。

その紙を受け取り内容を確認すると、それは教会の造りや食事の時間などが記載されたものだった。


「な、」


その詳細をみて、私はある事に気がついた。


「食堂の場所が違う…?」


その紙に書かれた食堂の場所と、私たちがいつも利用している食堂の場所が違ったのだ。こんなことは事前に説明されていなかった。

つまり、


「アルト君はこっちの食堂に行った?でも私たちがいたのは違う食堂で……いや、取り敢えずアルト君を探さないと!」


アルトと私たちとの間で大きな食い違いが起きていた可能性がある。


「そ、そうだな。しかしアルトは一体どこに…?」


「あ、そういえばさっきのすれ違った人…よく考えれば、このフロアにはアルト君の部屋しかないのにどうして……もしかして、」


「あれがアルトってことか!?」


これまでのアルトの変身はとても分かりやすかった。というのも、現在の彼の魔力の流れ方は常軌を逸している。外見が全く異なっていても、その魔力を見ればアルトだと断定することは容易かったのだが、


「あの人の魔力はすごく自然、だった…本当に街中のごくありふれた人と遜色ないよ。あれ…」


例のミケ事件以降、私とシエルは彼の変身に惑わされないようにと、常に他者の魔力を観察するようにしていた。


しかし、先程すれ違った男性の魔力は一般市民のそれとなんら変わらなかった。



とはいえ、このフロアを行き来する人間はアルト以外ありえない。つまり、アルトは本気で私たちから逃げようとしている、と。


「いや、だがアルトの荷物らしいものはまだ部屋にある。アルトはまだ街の中にいるはずだ。みんなにも協力を頼もう」


「そ、そうだね!」


アルトを捜索する事に決めた私とシエルは急いで部屋を飛び出し、まずは生徒会の面々にに協力を仰ぐ事にした。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「え、アル——ヨルターン先輩の捜索…ですか?わ、私には関係ないですし、別にいいです…」


自室にいたアーネへ事情を説明をし、捜索への協力を仰ぐと彼女はそう拒否をした。


「アーネちゃん、本当にそれでいいの?」


「ど、どういう意味ですか?」


すると、拒否をしたアーネにシエルが詰め寄る。


「アーネちゃん、一見吹っ切れたように見せてるけど全然吹っ切れてない、むしろアルト君にまだ未練タラタラでしょ。結構アルト君のことまだ目で追ってるし。私知ってるよ」


「…そ、そんなこと、」


「アルト君をこのまま放っておいたら、本当にこれ以降喋れなくなっちゃうよ?アーネちゃんは本当に、それでいいの?」


シエルはアーネの目を真っ直ぐに見据え、真面目な顔と真剣な声音で問う。


「……はぁ、もう!分かりました!協力します、すればいいんでしょう!?」


数秒間の沈黙の末、アーネは観念したようにそう叫んだ。


その後、他の2人からも協力を取り付けることができ、私たちは女神祭真っ只中の街中でアルトを捜索する事になったのだが———




女神祭初日。

生徒会総出での長時間に及ぶ捜索にも関わらず、アルトの姿は影も形も見つけることはできなかった。

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