第139話 寵愛者の役目

それから馬車に揺られること2時間弱。

俺たち一行は目的地である大きな教会へと辿り着いた。


「巫女様と寵愛者様、そしてお付きの方々。ようこそいらっしゃいました。私は皆様方の案内をさせて頂きます、レイスと申します。さあ、中へどうぞ」


馬車から降りた俺たちを迎えたのは、修道服をその見に纏った若いシスターだった。巫女というのはシエル、寵愛者というのは俺のことだろう。


「では、こちらでお待ちください。司教様を呼んで参ります」


レイスは俺たちを教会の応接間へ案内した後、そう言って部屋を去っていった。


そこでは誰も喋ることなく、その数分後。


「これはこれは、皆様お揃いで。私はこの教会の大司教、レミリエルと申します。以後、お見知り置きを」


そう言って部屋に現れたのは、60代くらいの温厚そうな男性だった。

白い下地に十字架のような装飾の施された服を身につけており、如何にも教会のお偉いさんという雰囲気があった。


「お久しぶりです。レミリエル大司教」


「おお、シエルか。大きくなって。学園は楽しいか?」


「はい、大司教様のおかげで楽しい学園生活を送らせていただいています」


「そうか。それは良かった」


その姿を見るや否や、それに近づいたシエルはレミリエルと仲睦まじそうに言葉を交わした。


ああ、そういえばシエルはワンド聖王国の出身だったか。この仲睦まじげな様子を見るに、この教会にかなり世話になっていたようだ。


「それでその隣の子が、寵愛者じゃな?」


シエルとの会話がひと段落した後、そう言った大司教の目がこちらを向く。その目にはどこか確信めいたものがあった。


「あー、その寵愛者っていうのは何なんですか?正直、心当たりがなくて…」


大司教に見つめられた俺は、取り敢えずすっとボケてみる。

あー、アーネに指摘されたのはこういうところなんだろうな、なんて思ったり。


「ほ、嘘を言うでない。お主の魔力には、ごく僅かにだが女神様の魔力が混じっておる。しかも、それらの一部は未だお主の魔力に馴染みきってないない。お主、どこかで女神様とあったじゃろ?」


そんな俺に、大司教はやはり確信を持った様子でそう続けた。ここまで正確に当てられては、認める他ないか。


「分かった。降参だ。すべて当たっている、凄いな」


俺は両手を軽く上げ、大司教へ降参の意を示す。それに便乗し、口調も思いっきり崩した。

それに対して、シエルを筆頭に生徒会の面々は訝しげあるいは不快げな表情を示すが——


「ほ、ほ、ほ。大司教ともなれば当然じゃよ。当たったついでに、どこで会ったを聞いても良いか?」


大司教はそんなことを気にしていないかのように、笑いながらそう続けた。


「あー、グレース王国にある某ダンジョンで死にかけているところを助けてもらった、ってだけでいいか?」


俺は明言を避けて大司教へ返答する。


100層攻略とか邪神とかについて話してしまうと長くなるし面倒になる。別に率先して話す内容でもないだろうし。


「ほ、ほ。そうか。参考にさせて貰おう」


抽象的にしか説明をしない俺にも大司教は不機嫌になることなく、笑いながらメモを取った。


「それで俺たちを招待した理由なんだが…」


「おお、そうじゃそうじゃ。それなんじゃが——」


本題を切り出すと、大司教は俺たちを招待した理由について語った。


曰く、女神祭とは女神に感謝を捧げる祭りである。それを開催する上で、巫女と寵愛者の2人を祭りに招き、女神の代行者として女神祭を見守って欲しんだとか。


では具体的に何をするのかと言うと———


「普通に祭りを楽しむだけでいいのか?」


「そうじゃ。まあ、最終日には礼拝堂で我々と共に祈りを捧げてもらうが、それまでは祭りを楽しんでくれるだけでいい。そして君らが神の代行者だと我々が公表することもない。神は人々に紛れて祭りを楽しむとされているからな」


「…なるほど。承知した」


思いの外なんでもない要求に俺はがっくり?する。寵愛者と言われるくらいだから色々やらなくてはいえないのかとも思ったのだが...

大司教から嘘をついているような気配もない。あれ、大司教はもっと腹黒いやつだと思っていたのだが。


意識して言葉を崩しているにも関わらず、これでは俺がただの礼儀知らずになってしまう。


「よし、決まりじゃな。女神祭は明後日から3日間じゃ。よろしく頼むだぞ。長旅で今日はもう疲れたじゃろう。部屋を用意してあるからゆっくりと休むと良い」


「では御一行様。お部屋へ案内いたします。各個人で一室ずつご用意しております」


大司教がそう話を締め括った後、俺たちはレイスにそれぞれの部屋へ案内された。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「つ、かれたー。きっつー」


部屋へ案内されてすぐ、俺はその中心にあった大きなベッドへと倒れ込んだ。肉体的に、それ以上に精神的に疲れ切っていた。


あー、夕食何時からだっけ?飯の時間と場所は部屋にある紙に書いてあるんだっけか。というか、あの面子と一緒に食事するのはキツイな。どれだけ美味い飯が出てこようとも、味のする気がしない。だったら適当に外食でもいいか。いや、それだと感じ悪いな。更なる反感を買うことに繋がりかねない。だったらもういっそのこと、ここで寝てた方がいいのでは無いだろうか。寝ていたのなら食事の場に集まることが出来ないのも仕方ないだろう。あー、瞼が勝手に落ちていく———







「はッ!?」


そんな間抜けな声をあげ、俺はベッドから飛び起きる。寝てしまったのか。


窓を見ると、外は真っ暗になっていた。時計を見ると時刻は午後8時過ぎ。確か夕食の時間は午後6時だったような。

あー、やったな。


一応食堂へと足を運んでみるが、そこに電気はついておらず中には誰もいないようだった。


「仕方ないか。外で食べよう」


別に外へ出ることは禁止されていないし、金ならある。それに、知らない街を歩くことは嫌いではない。


少しだけふわふわとした意識の中、俺は1人夜の街へ繰り出すのであった。

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