第125話 剣聖の試練とギアル大森林
入学式の翌日。
ラーシルド家内で起こっていることについてド直球にエリオットへ尋ねてみたところ、
「あぁ?それをどうしてお前に言う必要がある」
と、不機嫌そうな態度共にそんな返答が返ってきた。まあ予想はしていたが。
「いやー、少し気になって」
「編入生だからって調子に乗るな。身分を弁えろ」
エリオットは吐き捨てるようにそう言うと、追い払うようにその手を振った。
やはりエリオットから直接聞くのは無理か。それなら......
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その日の放課後。場所はグレース学園男子寮のとある一室。
帰宅したその部屋の主である赤髪の青年は、新しく一通の手紙が届いていることに気がついた。
「!!」
待ってましたと言わんばかりに、その青年は急いでその中身を確認する。
「...ククク。これでやっとあの女を殺せる。そうすれば、剣聖は俺のものだ」
内側から湧き上がる喜びの感情を抑えきれず、その青年は口元を歪めてそう漏らす。
その呟きは誰にも聞かれぬまま静かに溶けていき———
とは、いかないんだよね。
さて、現在俺はエリオットの部屋、その天井の角に張り付いている。まあ簡単に言ってしまえば、不法侵入中だ。
因みに寮の部屋はそれほど広くもないので流石に猫に変身するわけにもいかず、俺の現在の姿は蜘蛛だ。
正直、あまり昆虫には変身したくないんだけどな。単純に俺自身が昆虫苦手だというのもあるし、見つかったらすぐに殺されそうだし。
しかし幸いにもエリオットに見つかることなく、俺は天井からその手紙の内容を見ることができた。
その手紙には以下のような内容が記述されていた。
『拝啓 エリオット=ラーシルド殿
剣聖イヴェル様の試練終了まで残り一週間となりました。剣聖様の回収のため、試練終了までにエリオット殿もギアル大森林へとお越しください。尚、案内の者をニーエッジに用意していますので、ニーエッジに着いたときは一声おかけください。報告内容は以上となります。 敬具』
その手紙の内容と先程のエリオットの言葉。
どうやら、俺とアーレットの予感は外れていなかったようだ。
「これは俺も向かうしかないか」
エリオットの部屋から速やかに退散しつつ、俺は小さくそう呟いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ギアル大森林。魔界と人間界の狭間にある巨大な森林で、一見ただの森林にしか見えないが1点だけ注意すべき点がある。それはギアル森林内において、魔法が一切使えないという点だ。
魔界と人間界に挟まれているという特殊な環境の為か、森林の中では魔力の状態が非常に不安定であり、それを媒介して発動する魔法は行使出来ない——というような設定にしたはずだ。
「——そのため、剣聖であるイヴェルの試練には持ってこいということか」
「はい。多分そういうことかと」
エリオットの部屋から退出した俺はそこで見た彼の言動や手紙の内容など、それら全てをアーレットに報告した。
「アルト君、君から見てイヴェルは試練をクリア出来ると思うか?」
「...俺は半年前までのイヴェルさんしか知りませんし、試練の内容も不明です。しかし魔法ならともかく、剣術であのイヴェルさんがクリア出来ない試練があるとは思えませんね」
アーレットの問いに自分が思ったことを簡潔に答える。イヴェルの剣の腕は半年前の時点でかなりのものだった。それこそ”剣術”のスパードを討ち果たすくらいには。
そんなイヴェルが失敗するような試練となると...それこそ、メモリアや魔王を呼ばなくてはいけなくなるのではないだろうか。
「ふむ、君もそう思うか。私も全くもって同感だ。だがエリオットは確かに殺せると言っていたんだよな?」
「はい、そうですね。...なんだか嫌な予感がします」
「奇遇だな。私もだ」
アーレットの言葉を俺は肯定する。
エリオットはイヴェルが死ぬ、ではなく殺せる、と言ったのだ。そしてその眼の奥には微かながらも確かな殺気が含まれていた。
まさかとは思うが...
「アルト君。以前にも言ったが私は立場上、表立って動くことはできない。だが、今回の件はどうにも怪しい。いや、怪しすぎる。今回の件は君に任せてもいいか?」
両肘を机の上に乗せ、その上で両手の指を組んだアーレットはそう尋ねる。
「はい。任せてください。もしかしたら何も無いかもしれませんが——最悪、エリオットは俺が止めます」
「ああ、任せた。私も出来る限りの協力はしよう。力になれることがあれば何でも言ってくれ」
そんなアーレットの頼みを断る訳もなく、受けると即答した俺に彼女は軽く微笑む。
ここまで彼女が協力してくれると言っているんだ。イヴェルを助ける為、惜しみなく頼らせてもらうとしよう。
「ああ、それなら———」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「...わ、私も一緒に、」
アーレットとの話し合いがあった翌日の昼休み。
隣に座るアーネへその概要を告げると、彼女は予想通りにそう言った。
「駄目だ。アーネはここで待っててくれ」
「...なんで、ですか」
同行を断ると、彼女は抵抗するように理由を問う。
「ギアル大森林では魔法が使えない。そして相手は剣聖の弟であるエリオットだ。流石に危険すぎる」
勿論、アーネは魔法だけでなく剣術の腕も一級品だ。だが、エリオットのそれと比較すると流石に見劣りしてしまう。
最大の武器である魔法を使える環境ならともかく、今回の条件下で彼女を連れて行くのは流石に危険が大きい。
「それに今回は1週間もかからずに帰ってくる予定だ。それまで、アーネなら待てるよな?」
口を閉じて目を伏せるアーネにそう語りかけ、彼女の頭を優しく撫でる。
「...子供扱いしないでください」
アーネが呟くように言った。
すぐさま手を引っ込める。
「アルトさん、私のことを抱きしめてください」
次にアーネは、俯いたままでそう依頼した。
「...」
その指示に従い、俺はゆっくりとアーネの頭を自分の胸に抱く。
女の子特有の良い匂いが鼻腔をくすぐった。
それからしばらくの沈黙が続く。
ゴーン、ゴーン、ゴーン...
互いに無言のまま、昼休みの終了を告げる鐘が屋上に響いた。
「...なるべく、早く返ってきてくださいね」
「ああ、努力しよう」
それだけの言葉を交わした後、アーネは俺の腕を抜ける。そのまま小走りで駆けて行き、校内への扉に手をかけた。
「では、また」
「おう、またな」
最後にそれだけを言って、アーネは校舎内へと戻って行った。その顔は少し悲しそうながらも、どこか割り切ったようにも見えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
グレース王国の最北端にある小さな街、ニーエッジ。王都から馬車で来ようとすると、最低でも3ヶ月はかかる最果ての地だ。
「あ、帰り方について何も考えてなかった」
アーレットの瞬間移動によってニーエッジへとやってきた俺は、ふとそのことを思い出した。それに付随して思い出されるのは約1年前、最西端の街エンドロールから帰ったときの記憶。
「アーネには1週間で帰るとか言ったが、絶対に無理な気がする。まあなんとかなるか?——それにしても人が多いな。しかも帯刀。今回の件の関係者か?」
帰りの手段がほぼ無いことにショックを受けながらもニーエッジの街中を観察していた俺は、その人数の多さに違和感を覚えた。
ニーエッジはその最北端という立地から、本来であれば人で賑わうような街ではないはずなのだが。
更に街中を歩く者、その殆どが腰に剣を携えている。きっと剣聖の関係者たちだろう。
「まあ取り敢えず...変身」
しばらく街の中を散策した後、人気のない路地裏へ入り猫の姿へと変身する。
帯刀している者達が今回の件とどのような関係があるのかは知らないが、取り敢えずは姿を隠しておいた方が色々と動きやすいだろう。
「さ、一先ずは現場調査といきますかね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます