第122話 after side アルト

「この度はありがとうございました」


「いいや気にすんな。むしろ俺は、彼らのような才能を育ててくれたことに礼を言いたい」


王都ギルド内の休憩所。

そこで俺はここのギルドのギルドマスターであるクレータさんと話をしていた。


「とはいえ、最初に訪ねてきたときは俺も驚いたがな。マーベリックが居なかったら門前払いだったところだ。奴に頼って正解だったな」


「ええ、本当に感謝しています」


ダンジョンから出た俺はギルドの依頼として受注されていたゼル達の捜索依頼に、それとなく彼らが44層にいることを伝えた。


その後ゼル達がダンジョンへ潜れなくなったことを知り、それをなんとかする方法を探した。


その結果導いたのが、ギルド側に彼らの実力を認めさせる方法だ。



それを実現させるため、俺はまずマーベリック=ホウロウと接触した。王都ギルドのギルドマスターであるクレータはマーベリックの元パーティメンバーであるため、交渉の便宜を図ってもらう為だ。


その狙い通りマーベリックを仲介してクレータと接触することに成功した俺は、ゼル達四人が審査を頼んできた場合にそれを承認して欲しいと依頼した。


「まあ100層攻略者の頼みだ。元とはいえ冒険者だった俺が断れるはずもない。更に言えば、元冒険者として一度手合わせを頼みたいくらいなのだが...」


「ははは...俺は武闘派ではないのでご期待には添えないかと...ダンジョンでもモンスターとはほとんど戦ってないですし」


「ははは、そうか。君は確かに技術派の人間のようだ。マーベリックにもなんだっけか、空気とか言われていたな」


「すっかり俺の渾名はそれで固定されてしまったみたいですね...」


クレータに頼み事をする上で俺は自分の冒険者カードを提示し、身分の証明及び100層攻略という偉業を成し遂げたことを証明した。

それがなければ彼は頼みを聞いてくれなかっただろう。


また俺はマーベリックには空気という渾名をつけられ、少し気味悪がられていた。曰く、魔力の流れが自然すぎて魔力からだけでは俺の体のシルエットが全く見えないとのこと。つまり、魔力だけからは俺の正確な位置が把握できないらしい。


後から考えれば、これはダンジョン攻略にも大きく役に立った要素の一つだった。


ダンジョン内のモンスターは、基本的に魔力を手がかりに敵の位置を見定めている。勿論、ちゃんと実体を見ることのできるモンスターもいるが、ダンジョン内部はそこまで明るくはないので、やはりダンジョン内では魔力を手がかりに個体の位置を認識することが多い。


そんな状況下での俺の特性は、モンスターから見つかりにくく攻撃も当てにくい存在だったのだろう。魔力操作の技術の向上にこんな効果があるとはラッキーだったな。


「では俺は行きますね。この度は本当にありがとうございました」


「ああ、また来るといい」


すこし遠くから向けられている4つの視線に気がつきながら、俺は席を立つ。

クレータはそう言って俺を送り出したが、もうここに来ることは無いだろうな。


席を立った俺は何も意識せず、極めて自然に出口へと一直線に向かう。


無駄な期待をするな。彼らは俺のことなど覚えていない。彼らとはもう関わるな。

俺は立ち尽くす四人の少年少女と、そのままの速度ですれ違う。


......やはり、覚えていないか。


「頑張れよ」


彼らとすれ違った後、小さく呟いた。


きっと聞こえてはいないだろう。聞こえてなくていい。ただの自己満足、元兄からの弟と妹へのエールだ。


「...ふぅ」


胸に湧き上がるなんとも言えない感情を全力で押さえつけながら、俺はギルドの出口の扉を開けた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「あー、やっと繋がった!」


「!!?」


冒険者ギルドを出た後、学園へと帰るため王都の街中を移動していると不思議な声が頭の中に響いた。


「な、その声...メモリアか?そしてこれは...テレパシー?」


「おう、久しぶりだなアルト。前に言ったろ。後で連絡するって」


その声の主は七魔仙の一人、記憶のメモリアだった。彼女のその声は俺の脳内に直接届いている。念話ってやつか?少し気持ち悪い。


「前と言っても1年くらい前なんだが...で、どうしたんだ急に。何かあったのか?」


「いや、何かあったのはそっちの方だろ?パスがぐちゃぐちゃになってて驚いたぞ」


「は?」


「何だお前、気づかなかったのか?」


メモリア曰く、彼女は前にエルフの里で繋いだパスを使い、ちょくちょく俺の身辺の様子を観察していたらしい。


確認したところ、魔王イシザキが学園へやってきたことや武術祭での出来事、グレースダンジョン攻略のことなど俺の身辺で起こった大体のことを彼女は把握していた。少し怖い。


「だけどな、お前が100層で地龍を倒しただろ?そこからそっちの様子が見れなくなってな。その原因を探索してたらパスの状態が更に悪くなって、それを直して今に至るってわけだ。お前、100層で何があった?」


メモリアは続けてそう説明した。

100層の攻略後にあったことといえば...まあ女神と対峙した事くらいだろう。十中八九それが原因だな。

エリーナは悪戯するとか言っていたし。


「あー、パスの状態が悪くなったっていうのは具体的にどんな感じになったんだ?」


「そうだな...糸電話ってあるだろ?あれに水をぶっかけてびちょびちょにした後、間の糸を固結びしまくって、更にその結び目に瞬間接着剤を塗りたくったって感じだな」


「わぁ」


エリーナ、パスを切る事はしなかったみたいだが中々エグい事をしていた。ザ • 女神のような彼女にもそんな意地悪な一面があるとは。...まあ、それはそれで萌えるが。


「俺の記憶を見ることは出来ないのか?」


「それも今試してみたんだが、100層にいる間の記憶だけ全く見えねぇ。本当に何があったんだよ」


メモリアは降参だと言わんばかり吐き捨てる。


うむぅ...俺の口から説明するのは簡単だが、ここまで強く秘匿しているということは、エリーナはそれを望んでいないということなのではないだろうか。


「あー、黙秘は可能か?」


「...そう言うと思った。さっきから話題を逸らそうとしてたしな。まあ、わざわざ聞かなくてもおおよその見当はつく。こんなことが出来る奴...あの女神以外にいてたまるか」


メモリアは若干悔しそうに言う。

やはり彼女の方も見当がついていたか。まあ、この世界での最強格であるメモリアをここまで苦戦させる存在などそうそういたものではないからな。


「まあパスは直ったし良しとするか。じゃ、私はそろそろ———」


「メモリア。少しいいか?」


「...なんだ?」


自身で納得して念話を切ろうとするメモリアを呼び止める。


彼女と話す機会があれば、言わなければならないと思っていたことがあるからだ。


「知っているとは思うが、七魔仙のうち三人を殺した。...すまなかった」


この1年で倒した魔人であるスパード、シャルム、エスプリの3人は七魔仙———つまりはメモリアの仲間だ。


俺がそれらすべてを直接倒したわけではないにしろ、それらに関わっていたことは言うまでもない。メモリアから見れば仲間を殺されたことに他ならないのだ。


エスプリもそれが原因で俺のことを恨んでいたはずだ。性格は最悪な奴だったが、それについては少しだけ考えさせられた。


「...元はと言えば、アイツらから突っかかった事だ。お前は自分の仲間を守るために行動したに過ぎない。それについて、お前は後悔しているのか?」


俺の謝罪受けてメモリアは、静かな声でそう尋ねてきた。


後悔...後悔か。俺がスパードとシャルムに大人しく連行されていれば、誰も死なずに事態を収拾することができたかもしれない。その結果、エスプリのせいでゼル達が死ぬことは無かったのかもしれない。


だが、


「いや、後悔はしていない。俺は俺にとっての最善の判断をしたと思っている」


少しの逡巡の後、はっきりとメモリアへ告げる。俺は間違ったことをしたとも思っていないし、後悔もしていない。


「そうか。なら私に謝ることは何もない。お前の思うままにやるといいさ。ではな。また連絡する」


そう締め括ったメモリアの声は、それ以降聞こえなくなった。最後の彼女の声が少し寂しそうに聞こえたのは気のせいだったのだろうか。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



メモリアとの念話が切れたから数十分も歩くと、目の前の光景が段々と懐かしいものへと変貌していった。


ヌレタ村へ帰るときに利用した送迎サービス店、アーネがファッションショーをしていた衣服店、イヴェルやシエルと生徒会の買い出しでよく来ていた文房具店———もう学園が近い。


「せっかくだし、久々にあそこに寄るか」


ふとそんなことを思い、俺は学園へと向かう道から少し外れてある場所を目指す。


現時刻は午後の五時過ぎで、陽はまだ落ちきっていない。あの場所からなら王都全体が夕陽に照らされた、それはそれは綺麗な光景が見られるはずだ。


その場所へと続く階段をゆっくりと登る。

すると段々と赤く照らされた王都の街並みが見え始め———


「———」


石造りの階段を登り切った先、そこには既に先客がいた。


それ自体は別に珍しいことではない。

ここは穴場スポットとはいえ、この景色を楽しみにくる人は少なくない。だが俺は、その先客の少女から目を離せずにいた。


「あ、遅いですよ。アルトさん。女性をどれだけ待たせるんですか」


先客の少女、その右手に青いブレスレットを携えた茶髪のその少女は、こちらを振り向いて笑顔でそう言った。

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