第119話 真の女神

「フルーナ?今すぐにこの御方に謝罪をするというのなら、貴方の罪を軽くすることも考えるのですが...」


「ふ、ふざけるな!神である私が人間に謝るだと!?そんなことするわけがないだろう!」


一体何が起きているのだろうか。

グレースダンジョン100層の冷たい地面に這い蹲る俺の目の前では、神々しいオーラを放つ2人の美女が言葉の応酬を交わしていた。


その声を荒げているのは、つい先程俺を殺害しようとしたエセ女神様だ。


「そうですか...残念です。———では、少しだけ待っててくださいね」


そしてそのエセ女神と向き合っている女性こそが、俺のことを守ってくれた人なのであろう。


ゆるいウェーブのかかった淡い茶色の髪に、緑色の瞳。その肩には桃色の羽衣を乗せている女性は、こちらを振り返って言った。


その髪と瞳の色だけを見れば、それはどちらもこの世界では最もありふれたものであり、顔も非常に整ってはいるが強烈に美人だと思わせるようなものではない。

だがその一方で、その女性には見れば見るほど引き込まれ見惚れていくような、そんな魅力があった。


ああ。この人こそ、真の女神エリーナに違いない。その姿を見てすぐにそう理解した。


「は、は、は、はい」


「ありがとうございます」


そんな不思議な美貌に間近であてられた俺は、変にどもってしまう。


しかし女神エリーナはなにも気にしてないかのように軽く微笑んで、エセ女神——フルーナと言ったか?——の方へと飛んでいった。


「最後にもう一度だけ尋ねます。本当に謝る気はないんですね?」


エリーナはフルーナへ向けて再度尋ねる。それに対する彼女の回答は———


「するわけないって言ってんでしょ!?調子に乗るな!」


フルーナがそう叫んだ瞬間、エリーナ後ろには巨大な何かが出現し一瞬でその体を飲み込んだ。あれは———


「アイアン、メイデン...」


「私に命令してんじゃないわよ!この老害がぁぁぁぁ!」


叫ぶフルーナがその掌を閉じると、エリーナを飲み込んだ巨大な拷問器具は急速にその体積を縮めていった。


このままでは中のエリーナが無数の針に貫かれることに———


パァン!!


その直後、アイアンメイデンがその内部から破裂した。


「う、嘘...」


フルーナは眼前で砕け散るそれを見つめ、その光景が信じられないとでもいったかのように口元を抑えている。あの魔法に余程自信があったのだろう。


「...そうですね。私は老害なのかも知れません。しかしだからこそ、私は貴方を倒します」


そのアイアンメイデン跡地の中心には無傷のエリーナが立っており、フルーナとの距離をゆっくりと縮めていく。


「く、来るな、来るな、来るな来るな来るな来るな来るなぁぁぁぁぁ!!」


見るからに冷静さを欠いたフルーナは次々にエリーナに向けて魔法を放つ。


冷静さを欠いているとはいえそれらの威力はとても高く、俺なら掠っただけでも瞬時に蒸発してしまいそうだ。


「滅」


エリーナがそう呟いた。

それだけで、フルーナの放った魔法がすべて消滅する。


「停」


続けてエリーナが呟いた。

それだけで、騒がしかったフルーナの動きがピタリと止まる。


「変」


更にエリーナが呟いた。

それだけで、眩しいほどに美しかったフルーナの姿が醜悪なモンスターへと変わる。


「転」


最後にエリーナが呟いた。

それだけで、醜悪なモンスターと化したフルーナの姿は消え、100層内には俺とエリーナの2人だけとなった。


「...」


す、すげぇ。

それ以外の感想が全く出てこないくらいに凄い。間違いなく、今までに出会った中で最強の存在だ。


「あの、大丈夫ですか?わ、ひどい怪我ですね。すぐに治療を———」


空中からふわりとこちらへ降りてきたエリーナは、少し焦ったように言った。


そのエリーナの一挙一動は可愛らしく、先程フルーナを赤子の手を捻るかのように倒した存在だとはとても思えない。


「あ、あの、ちょっと待ってください」


「へ?」


しかし俺は、治癒魔法をかけようとする彼女の手を制止する。1つ確認しておかなければならないことがあるからだ。


「この治療は願い事に入りますか?」


そう、ここで治療してもらうことが願い事に入るかどうかだ。カイナミダンジョンのときはそれのせいで、願いを叶えてもらえなかったからな。


「え、ええと、結論から言うと願い事に入ってしまいます。では、ダンジョンの攻略と邪神の報告の2点で2つの願い事を叶えるというのは———」


まさか治療を拒否されると思っていなかったのか、エリーナは一瞬の思索の後に2本の指を立ててそう言った。


「そうですか、ありがとうございます。それでお願いします」


「いえいえ、では治療を——」


「いや、それは結構です?」


「へ?」


再度その治療を拒否すると、エリーナはまたもや驚いたような顔をした。女神様って意外と表情豊かなんだな。控えめに言って可愛い。


「えっとですね。俺の願いは44層で死んだ、ゼル、ホロウ、ライカ、レーテルの4人の蘇生及び、その4人に対する記憶の操作。この2つです。それ以上でもそれ以下でもありません」


「......私を騙しましたね?」


「ははは、騙したとは人聞きが悪いですよ。巧みに誘導しただけです」


「はぁ...まあいいですが。記憶の操作とは具体的にはどんなことをすれば?」


その願いを聞いたエリーナは少しむくれたような顔をしていたが、流石は真の女神。

誘導される形にはなったとはいえ、どちらの願いも叶えてくれるつもりのようだ。


「依頼したいのは2種の記憶の削除です。具体的には彼らが死んだその直前の記憶。それと俺、アルト=ヨルターンと関わった記憶です」


ゼル達はレーテルの裏切りによって死亡している。その記憶を持ったままだと生き返った後、どんなことが起こるのかは想像に難くない。また、彼らが死んだのは俺が原因だ。

彼らは俺ともう関わらない方がいいだろう。


「......本当にそれでよろしいのですか?」


「ええ、俺との記憶が失われたところで、彼らの技術が無くなるわけではないですから。彼らが失うのは、不必要な記憶だけです」


「いえ、消す記憶の内容もそうなのですが、体の治療は...」


最後の確認、と言いたげにエリーナは神妙な顔で尋ねる。その顔はどこか悔しそうで、少し嬉しい気持ちになるが俺の願いは変わらない。変えられるはずがない。


「はい。俺がここまで来たのも、さっきの偽女神と戦ったのも、すべてこの願いの為です。やっと叶えられるチャンスがやって来たのに、それを無碍になんて出来ませんよ。それにこんな傷、少し寝てれば治りますから」


「...そうですか」


エリーナは悲しそうにその顔を俯かせる。


自分でも分かっている。何もしなければ俺はもう助からない。魔力も既に尽きているので自分に回復魔法をかけることもできないし、なんなら体は薬草に強く侵されている。ここで助かったとしても、外の世界で今まで通りの生活は送れないだろう。


まあ、つまりは詰んでいる。




「......”ふるくとーす”、さん」


「え?」


すると突然、小さな声でエリーナが呟いた。その聞き覚えのある単語に、俺はつい反応してしまう。


「...聞き覚えがあるのですね。やはり、貴方が”ふるくとーす”さんですか。よくぞ、ここまで強くなられました」


「!!?」


納得したようなエリーナの声と共に、俺の体の周りを淡い光が包んだ。これは究極回復魔法ウルトラヒールだ。

朽ちる直前の木のようだった体が瞬時に癒えていく。


「これでは尚のこと、貴方を見殺しにすることは出来なくなりました」


治癒された自身の体を見て呆然とする俺に、エリーナは真剣な顔で言った。

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