第110話 from 生徒 to 教師

「ラストー」


「おらぁ!」


リザードマンと呼ばれる二足歩行になったトカゲのようなモンスターの首が、ゼルによって綺麗に切断される。


ゼル達と出会ってから3週間、俺たち5人は現在37層にいる。元々ゼル達は35層まで到達していたらしく、取り敢えず俺たちは訓練をしながらダンジョン攻略を進めることにした。


「ぐぁー、疲れたー!」


「お疲れ。取り敢えずゼルは休憩で。魔法組はそれぞれあと3匹狩ってから休憩」


「「はい!」」


少し遠くの方で鳥型のモンスターと戦っているホロウとレーテルが元気な声で返事をする。あと10分もあれば、二人とも休憩に入れそうだな。


「あ、あの、お兄様。私は...」


唯一、休憩の指示を出されていないライカが恐る恐ると言った様子で尋ねてくる。


「ははは、何を言っているんだ。ライカに休む暇なんてないだろう。さあ、俺も付き添ってやるからモンスターを狩れるだけ狩るぞ」


「は、はい...」


頰を引き攣らせたライカを連れ、モンスターが群生していそうなところを探しに行く。


「お、いいのがいるな。さぁ、頑張ってみようか」


「え。も、もしかしてあれの中に、か弱い女の子を送り込むつもりですか?」


魔力感知を使いつつ移動すること数分。

岩陰に隠れる俺たちの眼前には、群れを成したリザードマンが集まっている。その数は20匹前後といったところか。


「ははは、安心しろ。本当にやばくなったら助ける」


「あははは...つまり、本当にやばくなるまでは助けてくれないということですね...」


俺の言葉にライカは更にその頬を引きつらせる。命の危険はないと安心させようと思ったのだが、逆効果だったか。


「更に言えば、もう一つ安心して欲しいことがあるぞ」


「あまり聞きたくないですけど...なんですか?」


その顔面を蒼白させるライカへ、人差し指を立てた俺は明るめに話しかける。

敵に過度に怯えていては本来の力を発揮することは難しい。ここは気の利いた台詞によって、彼女を安心させなければ。


「俺は君ら4人を強くすると約束した。不本意とは言え約束をした以上、俺は責務を全うするつもりだ。だから———君がどれだけ泣こうが喚こうが無様な姿を見せようが、俺は君を見捨てない。君がどんな状態になろうとも、たとえ逃亡を図ったとしても———俺は何度でも君をここへ連れ戻して、何度でも君に挑戦の機会を与えよう。俺は絶対に君を見放さない。だから安心して、あそこに飛び込んでこい」


「は、ははは...本当に聞きたくなかったですね...」


そんな渇いた笑みを浮かべたライカは、どこか吹っ切れたように勢いよくリザードマンの群れに向けて突っ込んでいった。


よしよし、やる気は十分なようだな。

元気付けられたようで何よりだ。...まあ、その目は全く笑っていなかったが。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「よし、今日はこれで終わりだ。明日もここに集合で。各自、ちゃんと復習をしとけよ」


「「「ありがとうございました!」」」


「はぁ、はぁ、ありがとう、ございました...」


その後訓練は無事に終わり、俺は全員に終了を告げた。


「ライカちゃん...大丈夫?」


「大丈夫、です。あと数時間休めば、動けるように、なります」


「それは大丈夫なのかな?」


終了を告げたと同時に、地面へ倒れ込んだライカへレーテルが駆け寄る。


結局、ライカはリザードマンの群れを1人で殲滅した。見ての通り、かなりの無理をしたようだが。


「なぁなぁ、なんで兄ちゃんはライカにあんな厳しいんだ?俺たちにも優しいわけじゃないけど、ライカには特に厳しいよな?」


そんなライカの様子を横目で見ながら、ゼルが話しかけてくる。


「ああ、ライカは剣術と魔法の両方を教わりたいと言っていたからな。普通のペースでやっていたらまず間に合わない。具体的に言えば、そうだな...ゼル達に出してる課題は頑張れば出来るだろうってレベルで、ライカに出しているのはかなりの無理をすれば、ギリギリ出来なくもないかなっていうレベルの課題だ」


「本っ当に、性格悪い!」


「お前が言うな、お前が」


俺たちの話を聞いていたライカが倒れたままで声を上げる。なんだ、意外と余裕があるじゃないか。


「現に今日の課題も達成できただろう。明日もその調子で頼むぞ」


「ふん」


ライカへそう返すと、彼女はそっぽを向いて目を閉じてしまった。体の回復に努めるようだ。


本人が希望したというのもあるが、俺がライカに厳しくしている理由はもう1つある。

それは、純粋に彼女には才能があるからだ。


勿論ゼルやホロウ、レーテルも35層までやってこれるだけあっていい筋をしているが、ライカの才能はその中でも群を抜いている。

しっかりとした指導を受け、自身でも研鑽を積めばグレース剣魔学園への入学も夢ではないだろう。


「なるほどな。あ、それはそうと兄ちゃん。少し手合わせしてくれないか?」


いつの間にか2つの剣を持ってきていたゼルが、そのうちの1つをこちらへ差し出して言う。


辺りを見ると、ホロウとレーテルの二人はそれぞれで魔法の練習をしていた。このようなライカの回復待ちの自主練は、毎回の恒例となっている。


「ああ、いいぞ」


差し出された剣を受け取り、俺はゼルと対峙する。


まさか、学園を退学した後にこんな教師の真似事をすることになるとは。運命の巡り合わせとは分からないものだな。



勢いよく振り下ろされたゼルの剣を受け止め、俺はしみじみとそう思った。

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