第109話 ホクロと兄
「くぁー!食った食った!あんた、ありがとうな!」
「ちょっと、ゼル!命の恩人にその言い方は...!」
「だって名前知らねーんだもん」
満腹になったのか、自分の腹を叩きながら礼を言う茶髪の少年——ゼルを、眼鏡をかけた緑色の髪の少年——ホロウが注意する。
「ああ、名乗ってなかったな。俺はアル——アルマだ。まあ、好きなように呼んでくれ」
俺は彼らへ一応、偽名を名乗っておく。
流石に俺の名前までもが出回っているとは思わないが、念のためだ。
「アルマ...さん。モンスターから救って頂いただけでなく食料まで、ありがとうございました」
「......ありがとう、ございました」
ウェーブのかかった濃紺の長髪に紫色の瞳をもつ少女——ライカと、麻のような植物で作られた頭巾を被った少女、レーテルが礼を言う。レーテルはゼルの妹らしいのだが、その顔ははっきりとは見えない。
「どういたしまして。ところで、君たちはどうしてそんなに腹を空かせていたんだ?地上までの出口はすぐそこだろ?」
本来の調子を取り戻したらしい彼らに、先程から気になっていたことを尋ねる。
グレースダンジョンは初心者から超上級者まで、すべての冒険者に対応している巨大ダンジョンだ。そのため、ダンジョン攻略のイロハは階層を重ねていくうちに嫌でも叩き込まれる。そしてここは中級者向けの31層だ。
食料の枯渇問題など、今更起こすわけ無いと思うのだが...
「食料が尽きることは分かってた。だけど...」
ゼルは何かを言いかけるが、途中でその口を噤んでしまう。他の三人も気まずそうに黙ったままだ。
「......私の、せいなんです」
その沈黙がしばらく続いた後、レーテルがその口を開いた。
「レーテル!それは——」
「いいの、ゼル。アルマさんは私たちを助けてくれたんだから。説明しないわけにはいかないよ。...アルマさん、この頭巾を外して貰ってもいいですか?」
ゼルの制止を収め、レーテルは自身の頭巾を指さす。それを外せば、彼らが食糧難に陥っていた原因が分かるのだろう。
「......いいのか?」
「...はい」
俺はゆっくりとその頭巾へと手をかける。
ゼル、ホロウ、ライカの三人は固唾を飲んでその様子を見守り、握り込んだレーテルの拳は少し震えている。
それほどまでに重大な秘密が隠されているのか。
バッ!!
俺は相応の覚悟を持って、その頭巾を一気に外す。
「!!?」
その頭巾の下には———ただの可愛らしい少女の顔があった。肩の辺りで切り揃えられたベルと同じ焦茶色の髪の毛に、透き通るような白い肌。そしてパッチリとした黄色の瞳。
「......」
そんな年齢相応の可愛らしい顔を露わにした少女は、俺の様子を怯えるような表情で窺っている。
.........え、なんだ?何も分からない。
実は私は魔人でした!くらいのものを想像していたのだが。
「え、えっと…か、可愛らしいお顔ですね?」
「え?」
あ、間違えたくさい。
何か言った方がいいかと思って、率直に思ったことを言ってみたのだがレーテルには微妙な顔をされてしまった。他の3人も何を言っているんだこいつは?みたいな表情をしている。
「す、すまん。何が原因なんだ?全く分からん」
「え?こ、これ...」
素直に説明を求めると、戸惑った様子のレーテルは自分の目元を指さした。
そこには小さな一つのホクロがある。可愛らしい小さなホクロだ。
「...?そのホクロがどうかしたのか?」
「え、く、くろ...」
未だ要領を得ていない俺に、レーテルは更に戸惑ったように言った。
...ああ、そういうことか。
ここでようやく俺は理解した。
現在の王都では、黒髪黒眼の人間を排斥しようという運動が高まっているというのをアーレットが言っていた。
きっとレーテルもこの黒いホクロが原因で、迫害とまではいかなくとも嫌がらせの類いを受けていたのだろう。
こんな小さなホクロですら、蔑視の対象なのか...
「これもあの学園の奴のせいだ!レーテルは何も悪く無いのに、あいつのせいで!」
彼女の兄であるゼルが悔しそうに叫ぶ。
...どうしよう。すげー心が痛い。
「...なるほど。だから王都には戻りたくなくて、帰らないでいたら食料が尽きたってことか」
その確認に4人は頷く。
なるほど、助けて本当によかった。
「ア、アルマさんは私の顔を見ても何も思わないの...?」
レーテルは確認するように、俺のことを見上げて言う。
...本当に心配している顔だ。
武術祭は2週間前のことだが、その間に色々な嫌がらせを受けてきたのだろう。
「...さっきも言ったが、ただの可愛らしい女の子の顔だ。不快な感情なんてものは一切ない」
「そ、そうですか...」
不安げなレーテルへそうハッキリと告げると、彼女はホッとしたような顔をした。
だが、これだけでレーテルの問題が解決するわけではない。
これを解決させるのは俺の義務だ。
「なぁレーテル。もしそのホクロを消せるとしたら、君はそれを消したいか?」
「え...?」
「俺の魔法を使えば、そのホクロを消す事ができる。君はそれを望むか?」
突然の申し出にポカンとするレーテルへ、より分かりやすく伝える。
「......はい。私はこのホクロを消したいです」
数秒の逡巡の後、彼女ははっきりとそう答えた。
「分かった。なら、俺の眼をよく見ていてくれ」
俺は軽く膝を折り、目線の高さをレーテルに合わせる。
「変身」
静かに呟くと一瞬でレーテルの顔を魔力が包み込み、その魔力はすぐに消えていった。
そして目の前には———
「「「わぁ」」」
俺たちの様子を見守っていた3人が同時にその声を上げる。なぜなら、レーテルの顔からホクロが綺麗さっぱりと消えていたから。
「ほ、ホクロが...消えてる...?」
レーテルは鏡で自分の姿を見て、ホクロのあった場所を触る。
「ああ、まあ正確には見えなくしただけだけどな。ホクロの感触は変わらずにあるはずだ」
俺がレーテルにかけたのは変身スキル。
元々変身スキルは自分自身限定であると思っていたのだが、それはやり方次第で他者にもその作用を及ぼす事ができるのだと、半年前くらいに気がついた。
まあその分魔力の操作がとても難しく、人間にかける場合はかなりの集中力を必要とする。それにも関わらず、その効果は超絶上手く行っても顔を変えることができるくらい。自分自身へかけるときのように体全体を変化させることはできない。
まあ今回のような顔の一部を見えなくしたい、という事例では最適なスキルである。
「す、すげぇ、すげぇよ!アルマ兄ちゃん!」
「ん、どういたしまして——ってアルマ兄ちゃん?」
「おう、好きに呼べって言ってただろ?だから、アルマ兄ちゃんだ!」
「お、おう。そ、そうか」
うむ、アルマ兄ちゃんか...弟や妹は前世でも現世でもいないからな...なんだかむず痒い。
「ゼ、ゼルがそう呼ぶなら私も...アルマ兄さんって呼ぶ!」
「じゃ、じゃあ、僕もアルマ兄さん、と呼ばせて頂きます!」
「では、私はアルマ...兄様、とでもお呼びしましょうか」
ゼルに続いてレーテル、ホロウ、ライカの3人も勢いよくそう宣言をした。
おお、一気に弟と妹が4人も出来た。...ちょっと嬉しい。
「全員で真似すんなよなー。てか、兄ちゃんの魔法すげーな!何もないところから食べ物出したり、見た目を変えたり!どうやったんだ?」
「ああ、あれはスキルと言ってな———」
ゼルの質問に、俺は空間収納や変身などのスキルについて説明をする。
まあ普通であれば、出会って数十分しか経っていない彼らへ自らの手の内を晒すことなど絶対にしないが、彼らはまだ子供であるし別に支障はないだろう。
「———なるほどな。そんなものがあるのか。ってか、兄ちゃん教えるの上手いな!めちゃくちゃ分かりやすかったぞ!」
スキルについて3分ほどの説明を終えると、それを真剣に聞いていたゼルは少しはしゃぐように言った。
「そうか?お世辞でもそう言ってもらえるとありがたい」
「いえ、...本当に、とても分かりやすかったです」
「......アルマ兄様」
ホロウが言葉を振り絞るように言った後、ライカが俺のことを呼んだ。
「ん?なんだ?」
「......アルマ兄様は戦闘能力に優れている上に、ダンジョン攻略にも慣れていますよね?」
「...まあな」
ライカの探るような質問に、俺は言葉を選んで答える。
なんだろう。今の彼女の纏う雰囲気は純情な子供のそれではなく、手練れの腹黒い商人のもののような気がする。
「...そこで一つお願いなのですが、私たちにダンジョンの攻略について少しご教授していただけませんか?報酬ならお支払い致します」
「ん?ああ、その程度なら問題ないぞ。あと、俺は子供から金を取るほど外道じゃない。具体的には何が聞きたいんだ?」
そんな警戒心とは裏腹に、彼女の頼みは非常に易しいものだった。
彼等の質問に答えるだけなら1時間もあれば終わるだろう。
「そうですか。ありがとうございます。そうですね、具体的には———剣の使い方、魔法の使い方、効果的なアイテム、ダンジョン攻略のコツ、強くなる秘訣、装備の選び方、ランクの上げ方、モンスターの群れとの戦い方、階層主との戦い方、あとは———」
「ちょ、待て待て待て!」
「?、どうかしましたか?」
指を折って無限にリストアップを続けるライカへ、俺は急いで待ったをかけた。当の本人はきょとんとしたような顔をする。
「ちょーっと多過ぎないか?これ、1週間あっても教えられないぞ?」
「あら、それなら2週間でも1ヶ月でも半年でもかけて教えていただければ結構ですよ。あ、全て実技込みで教えてくださいね。これからよろしくお願いしますね、アルマ兄様?」
暗にそれらの内容の減量を申し入れると、ライカはにっこりと笑いながらそう言い放った。どうやら彼女には譲る気が全く無いようだ。
こ、こいつ......やりやがった。
内容をよく聞かずに了承した俺も悪いが、今日会っただけの人間にこんなこと頼むか普通!?
「え、アルマ兄ちゃんが色々教えてくれんの!?俺、剣術教わりたーい!」
「ぼ、僕は魔法を!」
「わ、私も魔法!」
「私はその両方をお願い致します」
その会話を聞いていた他の三人も、我先にと手を挙げて教えを乞いてくる。
...これはもう断れる雰囲気ではないな。
「分かった、分かった。じゃあ明日からな」
「わーい!」
全てを諦めてそう了承すると、ゼルは飛び跳ねて喜んだ。どうしてここまで懐かれたのだろうか。自慢では無いが、俺は学園では随一の腫れ物だったぞ。
「ふふ。よろしくお願いしますね、アルマ兄様?いや、アルマ先生と呼んだ方がいいですかね?」
「...」
この状況を引き起こした張本人であるライカは、俺にだけ見えるようにウインクをする。
こ、この野郎...
「...ライカの希望は剣術と魔法の両方だったよな?」
「はい。そうですね、私はどちらも極めたいので」
「...そうか。なら、お前には地獄を見せてやる。覚悟しとけよ?」
「へ!?」
ゼルは剣、ホロウとレーテルは魔法、ライカはその両方を教えてほしいと言った。
両方をこなしたいのであれば、それ相応の地獄を見てもらわないとな。
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