第82話 殺した者
俺のせいでエマとバルトが死んだ。
いや、俺が彼らを殺したんだ。
ぅあぁぁぁああぁああぁぁあああ!!
それを自覚した瞬間、激しい後悔に襲われる。すぐにでも叫び出したかったが、コネンサスの拘束がそれを許さない。
「うぉぉぉぉ!」
そんな哀れな人間とは対照的に、勇敢にもその強い拘束に対抗し立ち上がった生徒がいた。金色の髪に王子様のような整った顔——セインだ。
「うらぁぁぁぁぁ!」
立ち上がったセインは地面を蹴り、素早い動きでコネンサスの懐に飛び込む。
「な、なんだテメェ!」
「バルトを、僕の大切な友人を、殺めた君を僕は許さない!」
コネンサスは油断をしていたのか、四方八方から攻撃を仕掛けるセインの動きに対応できていない。よく見るとセインの剣は淡く光を帯びており、金属のように固いコネンサスの体に深い傷をつけていた。
そんな機敏に動くセインに対し、俺の体は相変わらず全く動かない。周りの生徒でもセインの他に動けている者はいない。つまり、コネンサスの魔術はまだ正常に作用している。
そんな状況下でのセインのあの動き——やはり、セインは常軌を逸した才能を持っているようだ。
セインなら、エマとバルトの2人を救えたのではないだろうか。俺が小説の内容を思い出し、彼に注意するよう伝えていれば———いや、今更言っても仕方ないか。
もうあの2人は帰ってこな——いや、待て。
この話にはまだ続きがあったはずだ。そうだ。半年後、セインが2年生のときの長期休み。
セインはその期間にソロでダンジョンの制覇をして——そうだ!そうだ!そうだ!そこでエマは生き返る!セインが生き返らせるのだ。バルトに関しても、それに付随して蘇生されるのではないだろうか。
「グァァァァ!痛ェ!痛ェよ!上等だ!まずはお前から殺してやるよ!」
それらの事柄を思い出したとき、コネンサスは今までにない声量でそう叫んだ。その体には少なくない傷が刻まれており、所々からは黒色に近い液体が漏れ出している。
「うぉぉぉぉ!!」
「グラァァァ!!」
そして、セインとコネンサスの激しい戦闘が幕を開けた。剣のみだけでなくその全身も淡く輝いているセインと、その身を更に赤黒く染めていくコネンサス。
俺たち生徒の目の前でその2人が激しく動き回り、攻撃を交わし合う。
それからしばらく経つと、コネンサスはセインの相手をすることに余裕がなくなったのかいつの間にか拘束が解けていた。
「あ、拘束が解けてる!よし、これで私たちもセイン君の助けに、」
「やめておけ」
それに生徒達が次々に気がつく中、シャーロットは未だコネンサスとの戦闘を続けるセインのフォローに向かおうとした。
しかし、俺はそれを制止する。
「どうして!」
「あれを見ろ。あんな戦闘に俺たちが加わったところで、セインの足を引っ張るだけだ。今のセインに助けは必要ない」
不満げに声を上げるシャーロットへ、セイン達の方を指差して言う。そこには恐ろしい速度で攻撃を交わし合う2人の姿がある。
俺も完全に目で追えているわけではないが、一つだけ確実に分かることがある。
「安心していい。完全にセインが優勢だ」
ドォン!!
次の瞬間、地面に何かが落下し辺り一面に砂埃が舞った。目を向けると、そこにはボロボロになったコネンサスの姿があった。
「な、なぜ、オ、オレが、これほどまで...」
彼は自身とセインの実力差に愕然としているように見えた。
それはそうだ。著者である俺から見ても、今のセインは強すぎる。小説内の同時期と比べても1.5倍くらいは強いように思える。そんなセインに従来のコネンサスが敵うわけがないだろう。
地面に尻をついたままのコネンサスに向けて、地に降りたセインが歩いていく。あとはトドメを刺すだけだ。
「や、やめ、やめてくれ!な、何でもするから!」
そんなセインへ向け、勝てないことを悟ったコネンサスは泣きながら命乞いをする。
さあ、セインはどうするのか。
「...なら、これ以降は心を入れ替えて人間を殺さないと誓える?」
「ち、誓う!違うから!命だけは助けてくれ!」
「...分かった」
コネンサスの必死の命乞いを受け、セインは自身の剣を鞘にしまった。そのとき、コネンサスの口が少し歪むのが見えた。
あぁ、これは駄目だ。
「オラァ!死ね!」
するとその直後、先程まで命乞いをしていたコネンサスは突如その左手を伸ばし、セインの喉を目掛けて突きを放った。
カンッッ
しかしその渾身の一撃は、彼らの間に割り込んだ俺によってあっけなく弾かれた。
まあ、セインなら俺が何もしなくとも対処出来ただろうが。
「アルト...」
「セイン。いいとこ取りみたいで悪いが、後は俺に任せてくれないか」
「う、うん...」
セインに許可を取り、俺はコネンサスへ近づく。
「お、お前は!元はと言えば、お前が!」
俺の顔を見た途端、コネンサスの顔は怒りに歪んだ。
「ああ、そうだな。そこで、だ。最期にお前にチャンスをやろうと思ってな。ルールは簡単だ。俺の出す問題に答えられたらお前を解放してやるよ」
「は?」
その突然の申し出に、コネンサスは驚いたように目を丸くする。
「どうする?受けるか?」
「う、受ける!そのチャンスを受ける!どんな問題でも出してこい!」
そう言うコネンサスの顔は自信に満ち溢れていた。七魔仙の”知識”を名乗るだけあって、自分の知識には相当の自信があるのだろう。
「そうか。なら問題だ。簡単な問題だからそんな緊張する必要はない。じゃあいくぞ」
俺は鞘から剣を取り出しながら問う。
「日本語で光る、輝くなどの意味のある、sから始まる5文字の英単語。これをローマ字読みで発音すると、どのようになる?」
「は?」
その出題した問題に、コネンサスは口をぽかんと開けて訳が分からないと言ったような顔をする。
「おいどうした、簡単な問題だぞ?」
「ちょっ、ちょっと待て!日本語?英単語?ローマ字?何だそれは!」
回答を急かすと、コネンサスは焦ったようにそう問いかけてきた。
「は?それも含めて問題だろ。お前が100問目でやったことと同じだ。あー、残念ながら時間切れだ。正解は——」
「ちょ、ちょっと、ま——」
「
俺は剣に光の魔力を込め、逃げるように後ずさるコネンサスの胸にそれを突き立てる。
「ガッァ...」
淡く光る剣はその胴体を貫通し、数秒も経てばコネンサスはピクリとも動かなくなった。
本来であればこれはセインの役目なのだが、今回ばかりは仕方ない。
小説ではセインは今ほど強くなく、コネンサスを殺さなければセインが殺されるような壮絶な戦闘の後、彼はコネンサスを討ち果たすのだ。
しかし、今のセインはコネンサスを相手にしてもある一定の余裕があった。そのために見逃すという甘さが出てしまったのだろう。
それの原因を作ったのは俺だ。だから、それの後始末くらいは俺がやろう。
「あ、ああ........ア、アルト!」
「うんッ——!?」
コネンサスの死亡を確認した俺は、声のした方を振り向く。すると突然セインに胸ぐらを掴まれ、木に強く押しつけられた。
「ぐッ...なんだよ、突然…」
「どうして、どうしてトドメを刺した!」
俺を見上げて問うセインは、怒りと悲しみを混ぜ合わせたような顔をしていた。
「どうしても何も、ないだろッ」
「どういう意味だ!」
「ここで逃がしたところで、あいつは更生しない。数ヶ月後に回復して、また人間を襲うだろう。だったら、ここで殺しておいた方が——ぐッ」
「そんなこと分からないだろ!」
俺の返答に、セインは更にその腕に力を込める。彼がここまで怒っているのを、今までに見たことがない。しかし、俺もここで引くわけにはいかない。
「いいや、分かる。あいつは魔人だ。俺の判断は間違っていない。セイン、お前は甘い。もしここで見逃した後、あいつが他の人間を殺したらどうするんだ?」
「そ、そんなことは起きない!人はいつからでも変わることができる!暴力では何も解決しない!僕は話し合いで、人類と魔族が共存する世界を——」
「ああ、そうだな。俺も人類と魔族が共存する世界になればいいと思ってるさ。だが、人類でも魔族でも手遅れな奴はいる。そういう奴らは、その世界を目指す上での障害にしかならない」
「そ、そんなことは...」
あくまでも退かない俺の主帳に、セインは困惑の表情を見せる。
セインは良くも悪くも、俺の思い描いた通りの勇者だ。誰よりも強く、誰よりも賢く、誰よりも慈悲深い。そんな彼とただのモブの1人である俺とでは考え方が全く違う。
この議論はどこまで行っても平行線だ。
「誰も何も汚さず、理想の世界に。そんな幻想を追い求めるのも結構だが、それに俺を付き合わせるな。手、放せよ」
「......」
これ以上話すつもりはない。
暗にそう伝えると、黙り込んだセインはゆっくりと手を離した。セインには悪いが、この件に関しては意志を曲げるつもりはない。
「...アルト」
圧迫されていた胸の辺りを摩りながらその場を離れようとすると、それをセインが呼び止めた。
「なんだ」
「...確かに僕は、アルトの言う通り甘いのかもしれない。だけど、僕は君の言う幻想を追い求める努力をやめるつもりはないよ」
「そうか」
セインがそう決めたのなら、俺からどうこう言うつもりはない。この世界は彼を中心に創られた世界だ。彼がそれを答えだと思うのであれば、世界はそれの都合の良いように回っていくのだろう。
「アルトにもそれの協力をして欲しいんだけど…ダメ、かな?」
するとセインはそう言葉を続け、こちらに手を伸ばした。
「……ああ、俺も魔族を殺したいと思っている訳ではないからな。努力はする。だが、更生の見込みがなければ——」
「うん、それで十分だよ。ありがとう」
俺がその手を取ると、先程までの怒気は何処へやらセインはにこやかに、こちらへ笑いかけた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その後総合特別演習は中止となり、俺たち一年生は学園へと戻った。
帰りの馬車の中の空気は重く、あれだけ騒がしかった行きとは対照的に誰も喋ろうとしなかった。それもそうだろう。生徒が2人も死んでいるのだ。
それにエマや特にバルトにはクラスを越えて学年中に友達がいたのだろう、多くの者がその目に涙を浮かべている。
それはセインやロニーも例外ではなく、更にはシャーロットまでもが声を押し殺して泣いている。
だが、俺は泣くことが出来なかった。
彼らが生き返るであろうことを知っているからだ。そんな俺の態度を見たロニーやシャーロット達が、何かを言ってくることは無かった。だが、彼女たちがどう思ったのかは想像に難くない。
さらに俺は魔人を”倒した者”、ではなく魔人を”殺した者”として生徒たちに認識された。あくまでも魔人を倒したのはセインで、殺したのは俺だということだ。魔人を倒したセインは称賛されるが、殺しただけの俺は異常者として扱われることになる。
あー、これは本格的にぼっち確定だな。
しかも、交友関係の再建は絶望的ときた。
更に言えば、それは同学年の間に限った話ではないだろう。噂は人から人へ流れるのが非常に早く、その流れを止めるのはほぼ不可能だ。魔人が出現したのだ、今回の話が学園内に広まらないわけがない。また、噂には簡単に尾ひれがつく。
...これは学園生活詰んだか?
というか最悪、退学とかもありえる。
いや、今考えたところで仕方ないか。
自分の置かれている状況を客観視し、それに絶望した俺はそれ以上考えることを放棄したのだった。
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