第70話 結果と謝罪

「あー、やってしまった」


シャーロットとの試合後、控室へ戻った俺は激しい後悔に押しつぶされていた。


「だってシャーロット怖いんだもんな。まさかあんなに怒るとは…それで流された俺も俺だけど」


後悔しているのは勿論、先ほどの武術祭予選にてシャーロットに勝利してしまったことだ。

手を抜いていることを指摘したときのシャーロットの顔はめちゃくちゃ怖かった。

今思い出してもチビりそうだ。


「まあ、それくらいに俺と戦うのを楽しみにしてくれてたってことなんだろうけど...」


それくらい楽しみにしてくれていて、真剣な相手に俺は手を抜こうとしたのだ。

シャーロットには本当に悪いことをした。後でもう一度謝りに行こう。......セインを同伴して。


「とはいえ、多分4位以内に入っちゃうだろうな...」


1学年の生徒数である40人でトーナメントをすると、3回戦の終了時点で5人が残る。


この5人の中からどうやって上位4人を決めるのかといえば、それは1~3回戦までの各試合時間の合計から決定される。つまり、試合時間の累計が短ければ短いほど良い順位となるのだ。

因みに予選の試合はもう無い。予選の順位は3回戦までの戦績とそのタイムのみで判断される。


そして今回の場合、俺はシャーロットとの3回戦こそ時間がかかったものの、威圧を使って終わらせた1,2回戦はたったの数分で終了している。これは詰んだか...


「予選の結果が出ました。一年生は武道場の中央へお集まりください」


控室内にそんなアナウンスが響く。そこで予選の通過者が発表されるのだろう。


「...仕方ない。とりあえず集合しよう」


色々なことを考えるのをやめた俺は、アナウンスに従い集合場所へと向かうのだった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「それでは、予選通過者を発表する」


集合した生徒の前に立つダニエルがそう言うと、入学試験での順位発表と同じように大きな紙が宙に舞い、その中身が生徒に向けて開示された。


————————————


予選通過者


1位 セイン


2位 エリオット=ラーシルド


3位 アルト=ヨルターン


4位 エマ=ホワード


————————————


開示された紙の中身はそんな風に書いてあった。


その内容が開示されてから一瞬の後、武道場はざわめきに支配される。王太子であるオスカーの名前がそこには無かったからだ。つまり予選落ち。


オスカーの方を見るといつもは騒がしい取り巻き達は黙り込んでいて、当のオスカーは静かに結果を見つめていた。


「......では、これにて武術祭予選を終了とする。本戦は来週の初めに行われるので、出場者はしっかりと準備をしておくこと。こちらからは以上だ。特に質問がないようなら解散してよい」


ダニエルはそう締めくくり、一年生の武術祭予選は終了した。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「セイン君はいいけど、もう1人は入ってこないで」


「.....」


「シャ、シャーロットさん...」


武術祭予選の終了後、俺はセインを連れてシャーロットのお見舞いに来ていた。


俺との試合で気絶したシャーロットは、その後すぐに目を覚ましたらしいが大事をとって保健室で休んでいた。


「勝負事で手を抜くとかありえない。相手を馬鹿にしてる。人でなし、最低、ゴミ。そんな人間と話すことなんてない。帰って」


いつもの陽気なシャーロットからは想像もできないようなキツい言葉だ。

...直接謝ろうと思っていたが、これは無理ではないか?とりつく島もない。


「アルト、ちょっと待ってて」


もう諦めて帰ろうかと思ったとき、セインはそう言い残すとシャーロットのいる保健室へ入っていった。


一体何をするつもりだ?いくら主人公たるカリスマ性を持つセインといえど、あの状態のシャーロットを説得できるとは思えないのだが。


それから待つこと数分。保健室の扉からセインが顔を出した。


「シャーロットさんが入ってもいいって」


「え?」


その報告に素で驚きの声が出る。

マジでか。何か裏がありそうで怖いが、入るしかないだろう。


保健室に入った瞬間に攻撃されるとかないよな?......一応警戒だけはしておこう。


俺はおそるおそる保健室へと入る。

その瞬間、四方八方から多種様々な魔法に襲われる——ことはなく、ベッドから体を起こしたシャーロットが鋭い眼光で俺のことを睨みつけているだけだった。


セインはその様子を保健室の隅の方で見守っている。何も口を出すつもりはないらしい。


「......今回は本当にすまなかった。どんな事情であれ、勝負事で故意に手を抜くことは許されない。俺は君にそれをした。許してくれとは言わないが、謝罪は受け取ってほしい。本当にすまなかった」


俺は改めてシャーロットに頭を下げる。


「...私の国では、戦うことは健康であることの証、神への感謝を表す儀式的な側面もあるの。だから、戦いで手を抜くとこは神への冒涜、タブーとされているわ。それを知らなかったとしても、私は君が手を抜いたことを許すことはできない。だけど、謝罪は受け取るわ。」


謝罪を受けたシャーロットは、抑揚のない声で淡々とそう言葉を返す。彼女の祖国であるナイラ公国にはそんな設定もあったか。

...彼女には本当に悪いことをしたな。


「...そうか。ありがとう」


「もし仮に武術祭の本戦でも手を抜いたりしたら、そのときは本当に許さないから」


「ああ、もうしない」


彼女へせめてもの贖罪があるとすれば、それは彼女の分まで武術祭本戦を戦い切ることだろう。本当は避けたいところだが、今回は仕方ない。


「じゃあ、俺は帰るよ。本当にすまなかった」


謝罪を終えた俺は保健室を出る。


はぁ、なんだか自責の念でいっぱいだ。早く帰って寝よう。


早歩きで寮へ戻ろうとしたそのとき、保健室の中から


「シャーロットさん。友人として僕からも謝罪をするよ。アルトがごめんね」


「別にセイン君が謝ることはないよ。悪いのはあいつ。正直、言葉で謝られたところで、行動で示してもらわないと信用できない。だから、まだ許すことはできないよ」


「いや、それで十分だよ。アルトなら行動で示してくれると思う。アルトの謝罪を受け入れてくれてありがとう。シャーロットさんも体をしっかりと休めてね」


「こんなの、もう大丈夫だよ。なんならこのまま帰っても...」


「駄目だよ、ちゃんとベッドに横になってなきゃ」


「ちょ、ななな、なにを...」


セインとシャーロットのそんな会話が聞こえてきた。


「...変身」


そう呟かれた廊下には一匹の猫が出現した。


いや、良くないことだとは分かっている。更に言えばシャーロットを怒らせた直後だし、自責の念でいっぱいだとか言っていたし、なにやってんだって話ではあるのだが、でも興味が!興味が!


すこーし。すこーし覗くだけ...


その猫、もとい俺は扉の隙間からそーっと保健室の中を覗いた。


そこにはベッドに横たわるシャーロットと、その額に手を置くセインの姿があった。セインは軽く微笑んでいて、シャーロットの方は顔が真っ赤だ。


「わ、分かった!ちゃんと寝てるから!手、手を!」


「あ、ご、ごめん!つい...」


「べ、別にいいけど...」


急いで手を離すセインにシャーロットは目を背け、2人の間には沈黙が流れる。



な、なにこれ!なんか、こう、アツい!

その一部始終を見ていた俺は、目の前の光景の尊さに心の臓を撃ち抜かれていた。

え、この後どうなんの!?どうなっちゃうの!?


「「あ、あの、」」


セインとシャーロットが同時に口を開く。

そしてお互いに相手が喋ったことに気がつき、ばつの悪そうにどちらも黙り込む。


な、なんなんだこの空気は!けしからん!この空気をどこかに詰めて家に持ち帰りたい!

ど、どうなるんだ、どうなってしまうんだこの後は———


「あ!ミケだ!」


「「「!?」」」


そのとき突然、保健室内に充満していた甘い空気をぶち壊すような大声が響いた。


声のした廊下の方を見ると、そこにはシエルがこちらを指差して立っていた。


「シエル、急にそんな声を出すな。驚くだろう」


その隣には、耳を塞いだイヴェルもいる。


「だって、ミケを見るの久しぶりなんだもん!イヴェルちゃんも嬉しいでしょう?」


「わ、私は別に...」


シエルの言うミケとは猫の姿の俺のことだ。

三毛猫だからミケ。名前の由来はそれだけだ。


シエルとイヴェルには猫の姿で時々会っていて良く遊んでいるのだが、今はあまり状況が芳しくない。


「ニャッ!!」


「あ、ミケ!」


「こら、廊下を走るな!」


すぐさま状況を理解した俺は、急いで保健室内へ飛び込む。


「ね、猫!?」


「ど、どうしてここんなところに!?」


突然現れた存在に、セインとシャーロットはそれぞれ驚きの声を上げる。


「ニャッフッ!!」


そんな彼らのことは放っておき、窓の隙間から外へ飛び出す。ここは2階だが、猫となった俺には関係ない。無事に地面へと着地した俺は、校舎から全力で離れる。


「ミケ〜!!どうして〜!!」


遠ざかっていく校舎からそんな声が聞こえてきた。すまんなシエル。今回は都合が悪かった。


心の中でシエルに謝りながら、俺はそのまま走り続けるのであった。

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