第66話 にゃんにゃんにゃーん

さてさて、何の変哲もない入学式も無事に終わり、俺たち一年生は教室へと案内された。


一年生は全40名で、一クラス20名の二クラスに分けられる。入学試験の上位20人がA組で下位20人がB組だ。なんという実力主義。まあ、俺が考えた設定なのだが。


またクラス内の座席も入学試験の成績ごとに決まっている。つまり、座席から入学試験の順位が分かるのだ。

因みにこれらのクラスや席順は、学年が変わる毎にリセットされるらしい。つまり、取り敢えずこの1年間は同じクラスで同じ席に座り続けることになる。


「はぁ…案の定、だな」


「ははは…すごい視線だね…」


案の定というかなんというか、主席及び次席の席に座るセインと俺は、その髪色も相まってかクラスメイトからの好奇の目線に晒されていた。

しかし、話しかけてくるものは誰一人としていない。


貴族の情報網は広く張られているため、俺とセインの身分は勿論として、出身地や家族構成、その生い立ちなどの情報までクラスメイト達は把握していることだろう。


エリートしか通うことの許されない学園の入学試験で上位を独占した平民に興味はあるものの、話しかける勇気はないってところか。


特に、俺の後ろに座っている入学試験3位のオスカーに至っては、俺たちに親でも殺されたのかってくらいに睨んできている。


はぁ、そんなに平民に負けたってことが悔しいのかね...


触らぬ神に祟りなし。俺はそれら全てに対し、無視を決め込むことを決意した。



俺たちが席へ着いてから約10分後、担任の教師が教室に姿を見せた。


その人は入学試験で筆記試験の担当をしていたダニエルという人で、まあ一言で言うと堅苦しく融通の効かない教師のようだ。というか筆記試験の試験官ってことは、満点を取った俺は目をつけられてるかもしれない。…まあいいか。


ダニエルからは、明日から本格的に授業が始まることや、時間割、年間の行事予定、部活や委員会などについての説明があった。

年間の行事予定など重要なものは大体把握しているし、部活や委員会にも入る予定もない俺はそれらの話をポケ〜っとしながら聞き流していた。


「以上で説明は終わりだ。本日はこれで解散とする。明日から本格的な授業が始まるので、しっかりと身体を休めておくように」


ダニエルはそう言うと、そそくさと教室を出ていった。


「僕たちも寮に戻ろうか」


「そうだな」


俺とセインは席を立ち、ダニエルに続いてさっさと教室を出た。


教室を出るその瞬間まで、俺たちを一際強く睨む目線が消えることはなかった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「くっそ!あの平民ども、偶々合格しただけの癖に!飄々として!」


「お、落ち着いてください!オスカー様」


「これが落ち着いていられるか!あいつらが首席と次席の座席に着いているのを見たときは、怒りで理性が吹っ飛びそうだったぞ!」


「ま、まあ、そんな偶然はこれ以降続きませんし、首席にはすぐにオスカー様が着くことになりますよ!あ、そうだ!明日は早速、剣術の授業があります!そこで、貴族と平民の差を見せつけてやりましょう」


「ああ、そうだな...調子に乗っている平民にはお灸を据えてやらねばな、これも貴族の務めだ」


「俺たちも協力します!なんなりとご指示を!」


「は?まさか、未来の王たるこの僕が、平民如きに遅れをとるとでも思っているのか?」


「い、いえ、そ、そんなことは...」


「ならいい。お前らは何もする必要はない。

僕1人であいつらに教育を施してやる」



「おいおい、面白そうなことをしてるな。俺も混ぜてくれよ、オスカー王子?」


「......エリオットか」


「平民どもにお灸を据えるんだろ?なら、金髪の方は俺にやらせろ。お前はあの黒髪でも相手していればいい」


「なんだと?調子に乗るなよ、エリオット。僕は未来の王だぞ。口の利き方に気をつけろ」


「おいおい。これは俺の我儘とかじゃないぜ?合理的なら判断だ。剣術試験の結果を忘れたのか?4位のオスカー様?」


「貴様!オスカー様になんで無礼を!剣聖の家系だからと言って調子に乗るな!」


「あ?」


「ヒッ...」


「テスラいい、下がれ」


「で、ですが、」


「下がれ」


「は、はい」


「......エリオット、お前はいつか、自らの行動を後悔するときが来る。調子に乗った者の終着点は平民でも貴族でも変わらない、斬首台だ」


「そのいつかってのが来るといいな、王子様」


「チッ、いくぞ」


「「は、はい!」」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



にゃるほど〜。

我が1-Aの教室前で聞き耳を立てていた俺は、小さく頷く。


ダニエルによる各種説明が終わり、好奇の視線から逃れるようにセインと共に寮へ帰宅した後。

俺は猫の姿に変身し、再度1-Aの教室の前へと戻ってきていた。因みに体毛は白、茶、黒の三毛になっている。黒色の毛は完全に消したかったのだが無理だった。


流石にねぇ、あんな積極的に見つめられたら動向を探りたくなっちゃうよ、オスカー王子。

まあ、オスカー達の計画が闇討ちとか、大人数でリンチとかじゃなかったことは褒めてやるか。にしても、途中でエリオットが来たときは驚いた。教室の前で聞き耳を立てている猫を無視してくれたようで何よりだ。


「じゃあ、俺もそろそろ去らなきゃにゃ〜」


そろそろ教室からオスカー達が出てきてしまう。見つかると面倒なことになると考えた俺は、さっさと教室の前から離れた。


まあ、セインならエリオット相手でもボコボコにされるということはないだろうし、俺もエリオットならまだしもオスカーにボコボコにされるとは思わない。なので、今回は何も手を打つ必要はないだろう。


このまま真っ直ぐに寮へ帰ってもつまらないので、俺は猫の姿のまま学園内を探索することにした。人間の姿のときと見える景色が大分違うので、ただ歩いているだけでも意外と面白い。


あー、この芝生とかすごく柔らかい。

靴を履いた二足歩行の時は気が付かなかったが素足の四足歩行であると、そんな小さな気づきもある。

寝心地が良さそうだ...陽もいい感じに射していて、芝生は鮮やかに光っている。


「まあ、少しくらいにゃら...」


俺は猫の姿のままで芝生の上に寝転ぶ。人間の姿だったらこんなことできないだろうな。


そんなことを思っていると、気がつけば俺は深い眠りの世界へと落ちていた。


 







「———きだ。」


「———いそうだよ。」


誰かが喋っている声が聞こえる。


「ん、うんん?」


俺は目を擦りながら体を起こす。

あれ、なんか手が毛むくじゃら——あ、そうか。俺は猫の姿で眠っていたのか。


辺りはまだ明るく、それほど長い時間は寝ていなかったようだ。


「あ、起きちゃったみたい。おはよう、猫さん」


「こら、シエル!話を聞いているのか!」


そんな声が俺の耳に届く。


寝ている俺の近くで会話をしていたのは、入学式前にも会ったイヴェルとシエルだった。

シエルは赤縁の眼鏡を外している。


「聞いてます〜。この子を職員室に連れて行くのは反対ったら反対!何されるか分からないもん」


「だからといって、見過ごすわけにもいかないだろう。この猫をどうするつもりだ」


「そうだね〜。あ!生徒会のマスコットにするのはどう?いいアイディアじゃない?」


「それが通ると思っているのか...」


シエルの提案にイヴェルは頭を抱える。


そんな2人の会話から大体の事情を察した俺は、どうやってこの状況から逃亡しようか考える。このままでは下手をすれば、職員室経由保健所送りだ。


しかし、普通に走って逃げたところでイヴェルからは逃げられない。

魔法を使って妨害をするにしても、猫が魔法を使うなどあり得ないからな......人間が変身をしていると一発でバレるだろう。

その場合、今は味方寄りであるシエルが一瞬で敵にまわる。それだけは避けなければならない。間違いなく職員室経由留置所送りだ。


だとすれば、今の俺の取るべき行動は———


「お〜い。君はどこからきたのかな?良かったら生徒会のマスコットにならない?」


「ニャッ!?」


俺が考えをまとめていると、そんなことを知らないシエルが突然頭を撫でてきた。ああ、気持ちいい...


シエルの手は顎下へも伸びてくる。

あー、お姉さん、そこそこ。あー猫たらしですね〜。

ついつい喉をグルルルと鳴らしてしまう。


「ほら!イヴェルちゃん!こんなに可愛いんだよ!?こんな子を職員室に持っていくなんて嫌!」


「とは言ってもな...というかシエル、今日はやけにテンションが高くないか?」


「ん?うーんとね、あの黒髪の子のお陰だと思うんだけど、今日は頭がもの凄く軽いんだよね。あと人の魔力も見えないし、眼鏡を掛けなくていいから世界が色付いてる!」


シエルは両手を広げ、それはもう嬉しそうに話した。


なるほど。イヴェルがシエルにした質問は、俺も同じく疑問に思っていた。そこまで喜んでいてくれているなら何よりだ。


「そ、そうか。そこまで変わるものなんだな。シエルの友人として、アルトには感謝しなければな」


「そう、アルト君!あの子も生徒会に勧誘しようよ!入学試験では2位だったんでしょ?素質は十分にあるでしょ!この子と合わせて、生徒会に2人入会だよ!」


シエルが俺のことを撫でながらそんなことを言う。いや、俺がアルトなので。2人といっても、俺の名前が重複するだけだ。


「ちょっと待て、その猫の処遇については、私はまだ認めていないぞ。しかし、アルトか...あいつはどこか底が見えん。その見た目からは全く実力が掴めない。剣の振り方も才能があるようには見えなかったが...いや、しかし魔法の方はどうなのだろうか。シエルの悩みを一発で解決したのだ。かなりの使い手である可能性が高い。学力に関しても—————」


あ、イヴェルが思考に没頭し出した。

先程まではシエルと話しているときですら、俺のことからは一切目を離していなかったのだが今は完全に俺のことを見ていない。


つまり、今がチャンスだ。


「あ!」


「—————ふむ、そうだな。些か早いが、アルトも生徒会の候補に入れても——っておい!」


俺はシエルの腕の中からするりと抜け出し、全力疾走でその場から離れる。


突然逃げ出した俺に驚いたシエルと、その声によって逃亡に気がついたイヴェルが俺を追って走ってきた。


このままでは追いつかれる。どうしようどうしよう。他のものに変身するしかない。何か小さい動物、小さい動物〜。


俺は全力疾走のまま、校舎の角を曲がる。

それに続いてイヴェル、更に数秒遅れてシエルが角を曲がる。


「ッ!!! いない、だと...?」


「え?猫さ〜ん。痛くしないから出ておいで〜」 


校舎の角を曲がった先、忽然とその姿を消した猫にイヴェルはその目を見開き、シエルはその姿を見せるよう呼びかけた。


は〜い。その猫さんは今はトカゲさんになってますよ〜。


角を曲がった瞬間にトカゲへと変身した俺は校舎の壁をスルスルと登り、そんな2人を見下ろす。


それにしても危なかった。というかイヴェルさん足早すぎ。あれで息切れしてないとか化け物かよ。あー、少し寝てただけなのに、めちゃくちゃ疲れた.........帰ろ。


身体的にも精神的にも疲れ切った俺は、大人しくそのまま真っ直ぐ寮へと帰ったのだった。

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