第4章 ピカピカの一年生
第65話 聖女の悩み
拝啓、母さん、父さん。
久しぶり。以前送った2通の手紙は問題なく届いてるかな。早速、学園の入学試験の結果だけど、俺とセインは共に合格したよ。
この手紙は学園の寮で書いてるんだ。父さん、防人を継げなくてごめん。俺以外の人材を見つけてね。今すぐには戻れないけど夏休みには必ず、セインと共にヌレタ村へ帰るから。あと、寮への宛先を封筒に書いておくので、何かあれば手紙はそこに送ってね。
最後に、学園は入学できたのは間違いなく俺の我儘に協力してくれた母さんと父さんのおかげです。本当に感謝しています。母さんも父さんも体調に気をつけて、平穏な日々を送ってください。
アルト
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
書き終えた両親への手紙を封筒にしまい、それに封をする。
一昨日に行われたグレース剣魔学園の入学試験に合格した俺とセインは、その当日から学園の寮に住むことになった。
学園は全寮制で、生徒一人一人に一部屋ずつが与えられる。因みにセインの部屋は俺の隣だ。
学園の入学式は2週間後に行われる予定で、それまでに学費の納入や教科書の購入、制服の寸法や身体測定などをする必要がある。2週間あるとはいえ、あまり暇な時間はない。
現在の時刻は朝の8時。昨日は入学試験の翌日ということもあって丸一日特に用事などは無かったのだが、今日からは様々な用事が詰め込まれている。今日はこの後、制服の採寸及び身体測定に向かう予定だ。
俺が今日の予定の確認していると、コンコンと部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「アルト、準備できた?」
「おう。今行くから少し待ってくれ」
扉の奥からはセインの声がした。
実はセインと一緒に制服の採寸をしに行く約束していたのだ。
俺は鞄を手に取り、セインと共に制服の採寸へと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
入学試験に合格した旨を報告した手紙をヌレタ村の両親へ送ってから2週間後。
各種手続きを終え、遂に俺たち新入生は学園の入学式当日を迎えた。
興奮からか早めに目覚めてしまった俺は、支度を終え部屋へ迎えに来たセインと共に入学式の会場へと向かったのだが。
「まだ準備できてないっぽいな...」
「少し早く来すぎちゃったみたいだね」
入学式の会場では、教職員と思われる人達が急いでその設営を行なっていた。前日のうちにやっておけよ、とも思ったが魔法を使うことのできる世界だ。会場の設営など1時間もあれば終わるのだろう。
俺とセインが喋っている間にも椅子やら紅白幕やらが宙を舞い、どんどんと会場の設営が進んでいっている。
「適当にどこかで時間を潰すか」
「そうだね。じゃあ、少し校舎の方に行ってみない?」
セインの提案を受け、俺たちが会場から離れようとした、そのとき。
「キャッ!!」
「おっと、と、と。大丈夫、ですか?」
俺は後ろから歩いてきていた少女とぶつかってしまった。その少女はその衝撃で後ろによろけるが、俺が咄嗟に手を伸ばしその体を支える。
「........???」
腰まで伸びたクリーム色の髪に碧色の瞳、赤縁の眼鏡をかけた少女は、何が起きているのか分からないとでも言ったようにその目をぱちくりさせ、何も喋ろうとしない。
学園の制服を着ているし、この人は俺たちと同じ新入生なのだろうか。いや、この人のつけているリボンは赤色だ。
学園ではそれぞれの学年に色が決められており、俺たち一年生は緑色のはずだ。つまり、この少女は上級生のはず。更に言えば、赤縁の眼鏡をかけたクリーム色の髪の少女......なんか知ってる気がする...
「シエル!!」
俺とその少女がお互いに動けないでいると、凛とした声が耳に届いた。
「この声は...」
「イヴェルちゃん!!」
声の主の方を見ると、そこには真っ赤な髪の毛と紅い瞳を持つ少女——イヴェルがこちらへ走ってきていた。
「イヴェ——いや、ラーシルドさん。」
「お前は…アルトか」
「覚えてくれていたんですか」
「...ああ。して、これはどんな状況だ?」
少し怪訝な顔をしたイヴェルがこちらに尋ねる。
俺は彼女に、起こったことを全て正直に話した。証人としてセインがいるので、彼女はその話の内容をすぐに信じてくれた。
「そういうことか。アルト、疑って悪かった。シエル、お前も謝っておけ」
「あ、え、う、うん…、えっと、ご、ごめんなさい?」
シエルと呼ばれたその少女は、戸惑いながらも丁寧に頭を下げた。……俺ではなく、隣にいるセインに向けて。
「?、どうしたシエル。お前がぶつかったのはアルトだろう。アルトは隣の生徒だぞ?」
「え?あ、はい、ご、ごめんなさい!」
イヴェルに指摘されたシエルは再度、深く頭を下げた。
.........セインの右隣——俺がいるのはセインの左隣だ——の誰もいない空間に向けて。
「.......どうしたんだシエル」
「え?ええ?」
シエルの行動にイヴェルは頭を抱える。
本当にどうしたんだこのシエルって子は。
俺はそんなに嫌われるようなことをしただろうか。ここまで露骨に嫌われてるとなんだか傷つく——いや、待てよ。シエル、学園の先輩、イヴェルの友達、クリーム色の髪の毛、そして赤縁の眼鏡——あ、思い出した!
この少女は、小説の登場人物である聖女シエル=ハースエルだ。
聖女とは、グレース王国の隣国である聖王国において特に魔法に優れた者に与えられる称号である。その聖女として認められているシエルは、アーネ以上の魔法の才能を持っているのだろう。
確かシエルは、イヴェルと同様に学園の生徒会に所属していたはずだ。
イヴェルもここにいることから、生徒会として入学式の会場の設営の準備でもしているのだろうか。まあそれでも、何故俺が嫌われているかは全く分からないが...
ふとシエルの方に目を向けてみると、彼女自身もとても戸惑っている様子で、イヴェルとセインの両方を交互に見ていた。———まるで、俺のことは全く見えていないかのように。
「あの、シエルさん。もしかして、俺のことが見えていませんか?」
「え?あ、はい、た、多分。そう、だと、思います」
シエルに確認をとってみると、彼女はそれを肯定した。そういうことか。
彼女は赤縁の眼鏡を掛けているが、それは視力の低下が原因ではない。
少しだけ彼女の魔力を見てみて分かったが、シエルは体質的にその魔力が目元に溜まりやすくなっているようだ。
そして彼女は魔法の才能を持っているため、その魔力量も多い。そんな大量の魔力が目元に勝手に溜まっていくのだ。彼女には他人の魔力が四六時中、鮮明に見えていることだろう。
シエルの掛けている眼鏡は、それらの魔力を見えないようにするためのものだ。
しかしその眼鏡には一つ問題があり、魔力が見えなくなる代わりに視界から色がなくなる、つまり視界の全てがモノクロに見えるという性質を持つ。まあ、これに関しては今回の原因ではないのだが。
彼女が俺のことを認識できないのは、眼鏡自体の問題だろう。俺は魔力を体内で常に循環させており、髪の毛の一本一本に至るまで魔力が浸透している。
そのため俺の姿と魔力が完全に重なってしまい、見えなくなっているのだろう。そんな結論に至った俺は、魔力を制御することを一度やめてみる。
「あ...」
「これで見えましたか?」
「は、はい。あ、あの申し訳ありませんでした...」
シエルは申し訳なさそうに頭を下げてくる。
「いえいえ、構いませんよ。気にしないでください。それよりも、俺ならシエルさんの悩みを解決できるかもしれません。目を瞑って、手を出してみてくれませんか?」
「???、は、はい...」
俺の言葉にシエルは疑問符を浮かべるが、戸惑いながらもその指示に従ってくれた。
片手で差し出されたシエルの手をとり、もう片方の手を彼女の目元に当てる。
「!!??」
「驚かせてしまいすみません。ですが、落ち着いてください。身体の魔力の動きに集中してください」
その行動に驚き、離れようとするシエルを落ち着かせる。シエルの問題を解決するにはどうすればいいのか。
答えは至極簡単だ。目元に溜まっている魔力を逃してあげればいい。
俺はシエルの目元に溜まっている魔力を、自身の体を仲介させて彼女の身体へ戻していく。
「!!!」
「少し気持ち悪いでしょうが、我慢してください」
シエルの目元にはかなりの魔力が溜まっている。これを全て取り除くとなると、中々時間がかかりそうだ。
それから5分ほど作業を続けると、シエルの目元に溜まっていた魔力の7割ほどを取り除くことができた。俺は一旦作業を止める。
「取り敢えず、応急処置は終わりました。眼鏡を外してみてください。」
「え、あ、は、はい.............!!」
シエルは一瞬の躊躇のあと、眼鏡を外し自身の目を開く。
「どうですか?」
「........ま、魔力が見えません。それに頭が軽くなったような気が、します」
信じられない、と言った様子のシエルはゆっくりと自身に起きた変化を口にする。
どうやら上手くいったようだ。
「そうですか。それは良かったです」
「な、何をしたんですか?」
「シエルさんの体内での魔力の流れを正常にしたんですよ。シエルさんは目元に魔力が溜まりやすいようなので注意してください。自身で魔力の操作をすることができれば、シエルさんの悩みは完全に解決すると思います。魔力が身体を流れる感覚は掴むことが出来たと思うので、少し練習すればシエルさんならすぐに魔力の操作をできるようになると思いますよ」
シエルへ行った処置について、俺は丁寧に説明する。
まあ隠しておくものでも無いし、俺がわざわざ言わなくても彼女だったらいずれ気がついただろうが。
「あ、ありがとうございます」
「いえ、構いませんよ。では、俺たちはここで失礼します。行こうか、セイン」
「う、うん」
その頭を下げたシエルの礼を受け取り、俺とセインはその場を離れる。
それから俺たちは入学式が始まるまでの間、校舎内をふらふらと散策した。
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