第62話 魔法試験は地獄
「生命の根源たる青き水よ、我の祈りに応え給え。海より出でて、空より移り、山より還る。其の雄大なる力、今ここに顕現せよ———
「雄大にして壮大な不動の地よ、我の呼びかけに応え給え、一度受ければ鉄へ、二度受ければ鋼鉄へ、三度受ければアダマンタイトへ。其の絶対なる守りの力、今ここに顕現せよ———
「我々を見守りし静かなる風よ。我の囁きに応えたまえ。国境無き世界を循環し、永遠に世界を渡り続ける。其の何者にも縛られない優美な力、今ここに顕現せよ———
ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!
魔法試験の会場へ足を踏み入れた俺を待っていたのは、かつての俺が生み出した
死ぬ。多分死ぬ。きっと俺は今日ここで恥ずか死ぬ!いや、いっそのこと誰か俺を殺してくれ!
そんな俺の心も知らず、受験者達は香ばしい薫りのする詠唱を大真面目にその口から紡いでいく。
受験者達は気合が入っているのかかなりの大声で詠唱を行っているため、耳を塞いでも微かにだがその声が聞こえてくる。
また耳を塞いでいると自分の受験番号が呼ばれたときに気づけないということを悟った後は、それはもう地獄だった。
というか、みんな自分で言ってて恥ずかしく無いの!?詠唱が何言っているかくらいはわかるだろ?こいつらいくつだよ!今年14か!中二病真っ只中なのか!
まあ本来、魔法というのは詠唱をしなければ行使できないというのが通説であるため、どんなに恥ずかしくても詠唱を唱えればならないのだが。
俺は自分の中で湧き上がる羞恥心を誤魔化すように他の受験生へ八つ当たりをして、ただ時間が過ぎ去ることを待つしかなかった。
「次、受験番号3466番!前へ!」
一生のように思える長い時間が過ぎて、やっと俺の順番が回ってくる。
「あ、はい...」
「だ、大丈夫か君?」
記憶の封印箱にしまっていた黒歴史を無惨にも掘り荒らされた俺は、完全に憔悴し切っていた。
「だ、大丈夫です...ありがとうございます...」
「そ、そうか...ならいいんだが...」
審査官の1人へそう返事をし、俺は所定の位置へとつく。これから魔法試験が始まるのだ。気持ちを入れ替えよう。
俺は一度大きく深呼吸をする。
あぁ、なんだか落ち着いてきた。
心なしかバカ恥ずかしい詠唱も聞こえなくなった気がする。...それどころか、周りに他の受験生達の気配が全くしないような?
不思議に思い辺りを見渡してみると、魔法試験場には俺以外の受験生の姿が見えなかった。
ああ、そうか。魔法試験が最後の試験だからこれが終わった者から順次、合格発表の場所へ移動しているのか。
俺はこのグループで受験番号が最後だから、俺以外の受験生はみんな既に会場を出ていった後なのか。自分の羞恥心と戦う事に夢中で気がつかなかった。
しかし、これは幸運だ。単純に集中できるし、無詠唱魔法を他の受験生に見られなくて済むのはありがたい。
「ふぅ...」
俺は再度息を吐く。
チャンスは3回。今、俺のできる全力をぶつける!
「おらぁぁぁぁ!!」
俺はそう叫びながら、右手を開いて前に突き出す。
するとその右手からは立て続けにバスケットボールくらいの大きさの火球が3つ飛び出し、それぞれストレート、右カーブ、左カーブの軌道を描いて一つの的へ同時に着弾した。
ドォン!!!
「「「!!!!」」」
3つの火球が着弾した的は、見事に木っ端微塵に砕け散った。無詠唱で上級魔法を放った俺に、審査官達が動揺していること空気で感じる。
「まだまだぁ!!」
俺は前に突き出していた右手を、今度は真上へと突き上げる。すると右手の上には光り輝く一本の槍が出現した。これは光の上級魔法だ。
「ほい!!」
そう言いながら手を振り下ろすと光の槍は真っ直ぐに的へと向かっていき、それに深く突き刺さった。
ドン!!
槍の着弾した的を見てみると、その的の中心には大きな穴が空いていた。
「ラストぉぉぉ!!」
勢いそのままで、俺は最後の魔法の構築に入る。
この魔法はアーネの魔法から着想を得た魔法だ。やはり威力では彼女の足元にも及ばないが、魔力の操作という観点ではまだ俺の方が長けている。だからこの魔法を選んだ。
「出てこい!龍!」
そう言いながら、今度は左手を上にあげる。すると俺の背後には水と風、2つの魔力で出来た巨大な龍が出現した。
「いっけぇぇぇ!!」
混和魔法、2つ以上の魔力を混ぜ合わせることで作られる、その2つ以上の属性の力を兼ね備えた魔法。2つの以上の属性の魔力を同時に操作しなければならないため、かなりの魔力の操作力と集中力を要する。
俺は魔法に適性がない。単純な魔法の威力は、受験生の中で最も劣っているだろう。だがらこそ、この混和魔法は魔力操作力をアピールするにはもってこいの魔法だ。
掛け声と共に左腕を振り下ろす。それと同時に龍はうねりながら最後の的へと迫っていき、見事に命中した。
パァン!!
そんな乾いた音が響く。——完璧だ。
俺はドヤ顔でその的の方を見る。
そこには既に龍の姿はなく、1つの的が佇んでいるだけだった。………その的はただ濡れているだけで、壊れてもいないし倒れてもいない。
ええ、コスパわっるー。
あの的は中級魔法程度の威力があれば壊れるはずなのだが…最後に放った渾身の混和魔法は見た目だけに全力を注いだ、見掛け倒しの魔法だったようだ。
因みに言えばあの魔法、魔力の消費量が半端ない。あれを放つのに、他の上級魔法の発動に必要な魔力の実に3倍以上の魔力を消費するのだ。
「うん、あの魔法は封印しよう」
その結果を確認するや否や、俺はそう決意する。消費魔力と実用性が釣り合ってなさすぎる。完全にエンタメ魔法だ。
そんな事を考えていた俺は、ある違和感に気がつく。3つの魔法の発動が終わったというのに審査官達からの指示が飛んでこない。
見てみると、審査員達はポカーンと口を大きく開けたままで固まっていた。
「あ、あのー、魔法を3つ発動したので試験は終わりでいいですか?」
いつまで経っても彼方からは声をかけてくれなさそうだったので、仕方なく俺から声をかけた。
「え、あ、は、はい。そ、そうですね。え、えっと、準備が完了し次第、合格発表が行われるので、あの、選定試験と同じところで、待っていてください」
「了解しました。ありがとうございます」
かなり動揺した様子の審査官の説明を聞き、俺は会場を後にした。
選定試験の合格発表が行われた場所へ到着すると、すぐにセインが駆け寄ってきた。
「おつかれ、セイン」
「アルト君こそ、お疲れ様」
そう言うセインの表情からは、少し緊張している様子が伺えた。
「アルト君、緊張してる?」
俺が言うよりも先にセインが俺に言う。俺も顔に出ていたか。
「セインこそ人のこと言えないだろう。表情が固いぞ」
「あ、僕も表情に出てたのか」
俺たち2人は、顔を見合わせて軽く笑い合う。
「泣いても笑っても、この後の結果発表が全てだ。俺が落ちてても慰めようとするなよ。余計俺が惨めになるからな」
「アルト君が落ちてるなら僕も落ちてるよ。そのときは一緒にヌレタ村に帰って、村のみんなに笑われよう」
「ははは...」
実際の話、セインが落ちることなど有り得ないので彼の心配は杞憂なのだが、俺に関しては本当にヌレタ村のみんなに笑われる可能性があるので苦笑いしかできない。
魔法試験を終えてから30分後、待機している受験生の周りには教職員達がぞろぞろと整列し、アーレットが受験生の前に登壇した。
「受験生の諸君。本試験ご苦労様だった。私も試験を見させてもらったが、みな素晴らしい才能を持っていることがよく分かった。今回の試験の結果が残念なものであったとしても、剣術や魔法の道を諦めず進み続けてほしいと思う。では、早速だが本試験の合格者を発表する。全員、自分の受験番号の書かれたプレートを見るといい。合格なら、受験番号がそのまま書いてある。受験番号が消えていれば、残念ながら不合格だ」
ついにこのときが来たか。俺は一度目を閉じ、大きく深呼吸をする。
「ふぅ...」
意を決して目を開き、俺は自分の胸元を見る。その胸元に付けられたプレートには————3466と確かに書いてあった。
「う、受かった...?」
思考が一瞬だけ停止する。
「あ、アルト君も受験番号書いてある!受かったんだね!学園でもよろしくね!」
頭の中が真っ白になった俺に、テンションの若干高めなセインが話しかけてきた。
「あ、ああ、これからも宜しくなセイン」
「うん、宜しくね!」
ニコニコとした顔で横に立つセインを見ていると、真っ白だった俺の頭は段々と整理されていった。整理されていく思考の中、俺はあることを思い出した。
「なあ、セイン」
「うん?どうしたの、アルト君?」
「それ、辞めないか?」
「え?」
「その、アルト君っての」
「あ、」
俺はずっと気になっていたのだ。
セインが俺のことをアルト君と呼ぶことを。
「ずっと気になってたんだよな。俺たちは友達で対等な関係だろ?なのに、俺がセインのことを呼び捨てで、セインが俺のことを君付けで呼んでる。なんか距離を感じててな。だからこれを機に、俺のことをアルトって呼び捨てで呼んでくれないか?」
「え、あ、うん。わ、分かったよ。アルトく——アルト」
「おう。これからも宜しくなセイン」
何がともあれ、俺とセインの両方が受かっていてよかった。
周りを見てみると不合格だった受験生は既に去ったのか、この場に残っている人数はだいぶ減っていた。
「今、この場にいるのは合格者のみだな。では、入学手続きの前に成績優秀者の発表を行う。こちらを見たまえ」
アーレットがそう言うと、宙に大きな紙が浮いてその中身が合格者に向けて開かれた。
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成績優秀者
剣術試験
1.セイン 98
2.エリオット=ラーシルド 97
3.アルト=ヨルターン 88
4.オスカー=グレース 87
5.シャーロット=ナイラ 85
魔法試験
1.セイン 98
2.シャーロット=ナイラ 94
3.エマ=ホワード 93
4.アルト=ヨルターン 91
5.オスカー=グレース 90
筆記試験
1.アルト=ヨルターン 100
2.セイン 94
3.オスカー=グレース 90
4.ラドリー=サルメス 88
5.エマ=ホワード 87
総合得点
1.セイン 290
2.アルト=ヨルターン 279
3.オスカー=グレース 267
4.シャーロット=ナイラ 263
5.エマ=ホワード 250
—————————————————
「え?」
紙に記された内容を見て、俺は声を漏らす。
「ぼ、僕達で1位と2位だよ!!やったねアルト!」
「お、おう。そ、そうだな」
とても嬉しそうなセインの言葉に、呆然としている俺は生返事を返す。
セインが1位なのは知っている。これは小説でもそうだった。しかしなぜ俺が、総合でそれに続く2位なのだ?
筆記試験が満点で1位なのは予想通りだが、剣術試験と魔法試験の点数が予想よりもかなり高く出ている。
アーレットが何か仕掛けたか?いや、あの人はそういう卑怯なことをする人ではない。
俺を誰かと間違えている?いや、これは本試験だ。得点の間違えなどには最新の注意を払っていることだろう。なんなら俺は黒髪黒目と、非常に特徴的な見た目をしている。他の誰かと間違えるとは思えない。
と、いうことは...
「俺への正当な評価、か...?」
俺はこの本試験に向けて幼い頃から努力をしてきて、本試験では全力をぶつけた。その結果が、セインに続く2位という成績。
「ア、アルト?ど、どうして泣いているの?」
「へ?」
努力が報われた。そう頭で理解したとき、俺の両目からは涙が溢れていた。
俺は前世でも高校や大学で受験を行ったが、それはどれもたった1,2年の努力しかしてこなかった。しかし今ここで、俺が転生してからここに至るまでの、14年間の努力が報われたのだ。嬉しくないわけがないだろう。
「い、いや、なんでもない。目にゴミが入ってな」
それを理解しながらも言葉にするのは恥ずかしいので、俺は言い訳をして涙を拭う。
「改めてこれからも宜しくな、セイン」
「こちらこそ宜しくね、アルト」
軽く突き出した拳に、セインは自分の拳を合わせる。
「では、合格者には入学までの流れや学園での規則、学費などの説明があるので全員私に付いて来てくれ」
大きな紙を畳んだアーレットはそう言って、校舎に向かって歩いて行く。それに他の合格者達が続く。
「僕たちも行こうか」
「ああ、そうだな」
それについて行く為、俺とセインは2人同時に校舎へ向けて駆け出した。
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