第61話 剣術試験と不正
「剣術試験はランダムに決定された他の受験者と、一対一で木刀を武器に立ち会ってもらう。採点内容はあくまでも立ち合いの内容で、その勝敗は一切関係ない。また、魔法の使用は禁止。一定時間以上決着がつかない場合はこちらからやめるよう指示するので、速やかにそれに応じるように。立ち合いの順番になったら受験番号を呼ぶので、呼ばれた者は速やかにフィールドへ上がること。なんの申告もなしに、呼ばれてから1分以内にフィールドへ上がらない場合は棄権と見做されるので注意すること。質問がないようであれば早速、剣術試験を始める。受験番号0964と2376フィールド上へ!」
試験官の男性の淡々とした試験の説明の後、受験番号を呼ばれた2人の受験生がフィールドへ上がり、剣術試験が始まった。
「勝負あり!勝者、マイラー=ポートン!」
審判がそう宣言をすると、勝者である少女は一礼をしてフィールドを降りた。
負けてしまった少年も悔しそうにしながらも一礼をし、待機場所へ戻っていった。剣術試験は大きな問題もなく着々と進行していき、開始から30分程が経っていた。
「やっぱりここまで残っているだけあって、みんな剣筋がいいな。見てて全く飽きない」
自分の順番になるまで待機をしている必要のあるこの試験だが、待機中は他の人の立ち合いを見ることができるため特に暇だということはなかった。
特に、さっきのマイラーという少女は、その中でも頭一つ飛び抜けている。流石にセインやエリオットには全く敵わないだろうが、俺とはいい試合ができるのではないだろうか。まあ、負ける気はしないが。
「あの子は受かるかもな」
俺は前世でこの学園を舞台とした物語を書いていた訳だが、学園の生徒全員について設定を定めていたわけではない。
むしろ、セインと関わる主要な人物のみしかそれらを定めていないため、合格予定者40名のうち俺が把握しているのは精々10人くらい。
つまり他の30人、いわゆるモブという奴らには特に設定を付与していない。そのため俺がマイラーという少女を知らなくても、彼女が学園へ入学することができる可能性はゼロではないのだ。
「次、受験番号1059と3466、フィールド上へ!」
そこから更に15分後、ようやく順番が回ってきた。軽く準備運動をしてから、俺はフィールドへ上がる。対戦相手は既にフィールドに上がっていて、お互いに相手の顔を確認した。
「お、お前!」
「あ、」
フィールド上に上がっていた受験者、つまり剣術試験の相手はドライ君だった。
「さっき振りです。よろしくお願いします」
「...その舐め腐った態度、後悔させてやる」
適当に挨拶をすると、煽りとでも受け取ったのだろうか、彼は少し怒ってしまったようだ。
しかし、ドライと当たったのは少し運が悪いか。小説内でこそかませ犬の雑魚キャラ的な扱いを受けているが、彼は試験を突破し学園に入学できるくらいの能力持つ強者なのだ。これは油断ならない。
「では、試験始め!」
審判の合図と同時、ドライは一気に俺との距離を詰めてきた。速い、がセインほどではない。これの数倍の速さで動くセインと訓練をしていた俺には、それを凌ぐことなど造作もない。
カンッ
木刀同士のぶつかる乾いた音がした。俺がドライの木刀を弾いた音だ。
まさか真っ向から弾かれるとは思っていなかったのか、彼は驚いた様な顔をする。
「あれ、もう攻撃は終わりか?なら、こっちからいくぞ?」
「くッ...」
驚きからかその動きを止めたドライへ忠告すると、彼は大きく後ろに飛んで距離をとった。
「お前のその油断が命取りになるぞ...」
「はいはい。御託はいいからとっとと来いよ」
「このッ...!!」
俺がそう煽ると、彼は顔を真っ赤にして攻撃を仕掛けてきた。
やっぱり、こういう自分を強者だと思ってる奴は煽り耐性低いよな。
怒りで冷静さを失ったドライは力任せに剣を振るうが、俺に当たるものはない。
あー、威圧使えれば楽なんだけど、あれは魔法だからな。適当に押し切って勝つしかないか。ドライの攻撃を適当に避けながらそう考えた俺は、その隙を縫って攻撃に転じる。
「!!!???」
「ほらほら、頑張れ」
突如攻撃に転じた俺に、驚いたドライは咄嗟に防御をしようとする。しかし俺はその隙を与えず、次々に彼へと攻撃を加えていった。
「ぐ、ぅッ...」
次々に木刀を振る俺に、ドライはとうとうフィールドの端へと追い込まれてしまった。
「これで終わりだ」
「へ、平民如きが...貴族の僕に...」
容赦なく最後の一撃を叩き込もうとしたとき、彼はそんなことを呟いた。
そんなことをまだ言っているのか、こいつは。さっきのセインの立ち合いを見ていなかったのか?
俺は思わず攻撃の手を止めてしまう。
「は?」
突然攻撃を止めた俺に、ドライは驚いたような顔をした。
「お前、いい加減にしろよ」
ドライを真っ直ぐに見据えて言う。
「さっきのエリオットもそうだが、貴族だの平民だのぐちぐち言いやがって。お前らは、自分の身分でしか勝負できねぇのか!今行われてるのは剣術試験なんだよ!どうしてそれで語ろうとしない!」
「へ、平民如きが俺に説教など...」
「うるせえ!ここでは身分とか関係ねぇんだよ!あと、人が喋っている間に割り込むな!貴族はそんなことも知らないのか!」
俺は話に割り込んできたドライを勢いで黙らせる。
まあ学園の規定では学園入学後、学園の敷地内でのみ身分が関係なくなるだけなので、正確に言えば入学試験中の現在は身分が関係ない訳ではないのだが。
勢いで威圧を発動させないように細心の注意を払いながら、俺は言葉を続ける。
「国は平民がいなければ成り立たない。平民が努力をしているから、お前ら貴族が寝そべっていられるんだ。お前らみたいな平民を軽んじている貴族が、将来この国を背負って立つ存在になるのか?そんな未来、想像するだけで反吐が出る!平民を舐めるな!」
俺は武道場中に響くよう、大声でドライを説教する。
その内容は間違いなく、他の受験生にも聞こえているだろう。現時点で残っている受験生はその殆どが貴族のはずだ。貴族連中にとって聞いていて気持ちのいい話では無いだろう。恨みを買われる可能性はあるが問題ない。どうせ全員俺よりも弱い。
「...るさい」
「あ?」
俺の勢いに押され、ずっと黙り込んでいたドライが不意に声をあげた。
「うるさい、うるさい!うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!」
急にそう叫び始めた彼は、再び木刀を構えた。俺は後ろに飛びのいて様子を見る。
少しやり過ぎたか?
「お前みたいな!平民が!僕に!貴族に!偉そうに説教するなぁぁぁぁぁぁ!!」
ドライは先程の俺よりも更に大きな声でそう叫ぶ。その目は充血し怒りに染まっている。
あー、駄目だこいつは。あれだけ言ってもまだ身分に固執している。俺とは根本的に考え方が違うようだ。もう何を言っても無駄だろう。だったら、武力で制圧するしかない。
木刀を構え、俺はドライと真っ向から睨み合う。彼は怒りがピークに達しており、冷静な判断を下せない。まず負けないだろう。
するとドライはこの立ち合い中、一度も見せていない居合斬りをするような構えを取った。
なんだあれは?
不審に思った俺は更に彼から距離を取り、その様子を観察する。なんだあの構えは。あんな構え、どこの流派にも存在してないぞ。
「マール流剣技...秘伝奥義...」
ドライは特殊な構えを取ったまま、とても小さな声でそう呟く。
そのとき、俺はある違和感に気がついた。
「…魔力?」
普通の人間ならまず気が付かないくらいの少量の魔力だが、ドライの木刀には確かに闇の魔力が溜まっていっていた。ドライの適性は闇ではないはずなのだが。
「暗黒閃!!!」
するとドライはそう言い、その木刀を横なぎに振るった。
その瞬間、先ほどまで微弱だった魔力が爆発的に増大し、三日月型の黒い斬撃が恐ろしい速度で俺の方へ飛んできた。
それと同時、審判や審査官の表情が明らかに凍る。まあ、これは明らかにルール違反だからな。
迫ってくる黒い三日月型の斬撃を見据え、俺は冷静に考える。この速度だと審判や審査官などの助けは間に合わないだろう。つまり、これは俺だけでなんとかするしかないってことだ。
実のところ、俺はこの暗黒閃という魔法を知っている。
というのも、暗黒閃は小説内でドライがセインと決闘をする際に使う魔法だからだ。決闘でセインに手も足も出ず、ボコボコにされたドライが最後の力を振り絞った悪あがきで放っていた。なんだか、今の状況に似ているな。
そのときにセインがとった行動は...
「ふッ…」
俺はドライと同じように、構えた木刀に魔力を集める。彼と違うのは、集めているのが光属性の魔力だと言うことと、木刀を真上に構えていることだ。
「ハッ!!」
三日月型の斬撃が当たる直前、俺はその斬撃に対して垂直に木刀を叩きつける。すると真っ黒な斬撃は真っ二つに割れ、その欠片は俺の両脇をすり抜けて大気中に消えていった。
「...ふぅ。なんとかなったな」
「な、ななななな...」
ドライの放った黒い斬撃を破壊した俺に、彼は信じられないものでも見たかのように動揺している。
「ちゅ、中断!」
一瞬の静寂の後、気を取り戻した審判が試合の中断を告げ、ドライの方へと駆け寄っていった。
まあそうだよな。ドライのあの行為は間違いなく反則行為だ。飛んできた黒い三日月型の斬撃は勿論のこと、それ以前に剣に魔力を帯びさせていた...し........?
.............黒色の斬撃を叩き切ったとき、俺は木刀に光の魔力を込めたような?
自分の失態に気がついた俺は、冷や汗をダラダラかく。あ、これ、まずいかも。これで失格になったら笑えない。
「君!」
「は、はい!」
詳しい事情を聞くためなのか、ドライは別室へ連れて行かれた。そして、次に審判は俺へ声をかける。緊張している俺は声が上擦ってしまう。
「何処か怪我などはないかい?」
「あ、はい。体の方は問題ないです」
審判の人はまず、怪我の方の心配をしてくれた。このまま何もなく終わってくれればいいのだが...
「そうか。まず、君が使った魔法についてなんだが...」
「は、はい...」
怪我が無いことを確認した審判は、早速という形で話題を望ましく無い方へ切り替えた。
やはり、そう上手くはいかないようだ。俺が魔力を木刀に貯め、斬撃を切ったことは誰の目にも明らかだろう。
「初めに説明したように、剣術試験では魔法の使用を禁止している。君の相手の子は他の部屋で事情聴取を受けている。だから君も...」
審判はそう俺を別室へと誘導しようとする。
やはりそうなってしまうか。事情聴取自体は別に構わない。しかし、俺にはまだ魔法試験が残っている。ここで魔法試験を受けれなくなれば、学園には入学できなくなる。
こんなことで、入学を諦めるわけにはいかない。
「嫌です。それで魔法試験を受けられなくなったら目も当てられないので」
「いや、こちらもそういうわけには...」
それをキッパリと断った俺に、審判も引き下がらない。強く言ってこないのは、審判も魔法を使ったのは仕方ないと分かっているからだろう。しかし自身の判断だけで審判としての仕事を放棄するわけにはいかない、といったところか。
事情聴取へ行くしかないのか...
俺は拳を握りしめ、強く歯を食いしばる。
セインやアーネとの約束を守れなくなるかもしれない。しかし、これ以上粘る方が時間を消費することになる。であれば、さっさと事情を説明して試験に戻るしかないだろう。
あとはドライの妨害がないことを祈るしかないか...
「......はい。同行します」
「そうか。ありがとう」
俺は審判に同行し、別室へ向かうためフィールドを降りる。
「ちょっと待てくれ。その子については、私に任せてくれないか」
そのとき、1人の人間が俺達の前に現れた。
この学園の学園長である、アーレットだ。
「が、が、学園長!?」
突然現れたアーレットに、審判は驚愕する。
「ああ、驚かせてしまってすまない。この少年の処遇については私に任せてくれないか?」
「ええ、も、勿論構わないです!」
そんなアーレットの頼みは、あっさりと受け入れられる。まあそれはそうか。
アーレットに引き取られた俺は、彼女に連れられて校舎内へと向かう。
「君がアルトくんだね?」
その道中、不意にアーレットから話しかけられた。
「え、あ、はい」
「そうか。そうだと思ったよ。魔法試験には間に合うようにするから、安心してくれ」
「は、はぁ。ありがとうございます」
そんな会話をしつつ歩いていると、学園長室と書かれた部屋の前へ連れてこられた。
「さて、そこの席へと座ってくれ」
「はい」
学園長室に入り、俺はアーレットと向き合うように座る。
「さて、時間もないので早速本題へ移るが、状況の確認から入ろう。例の黒い斬撃だが、あれは闇属性の魔力によって作り出されたものだ。それを君は光属性の魔力を纏わせた木刀で叩き切った。それであっているか?」
正面に座る彼女は、当時の状況について俺へそう確認を取る。
流石はアーレット。既にそこまで把握しているとは。すぐに助けに来なかったということは近くにはいなかったはずなのだが、目撃者の情報などから推測したのだろうか。
「はい。それで合っています」
「そうか…それはすまなかった」
その内容で合っていることを伝えると、アーレットは立ち上がり深くその頭を下げた。
「え、ちょっ、頭を上げてください!」
「本来であれば、私たち学園側の人間がその攻撃を止めなければならなかった。それが出来なかったために君自身でそれの対応をしなければならず、更には君の時間を取ることになってしまった。それに、下手をしたら君は死んでいたかも知れない。それくらいにあの魔法は危険なものだった。結果的に君は無傷でいられたが、それは結果論でしかない。もしかしたら我々の失態のせいで、未来ある若者が命を落とすかも知れなかったんだ。それの長である私が頭を下げるのは当然だ。これで許されるとは到底思っていないが、謝らせてくれ。すまなかった」
その突然の行動に戸惑う俺に、彼女はいつまでも頭を下げ続ける。
...このアーレット=ホウロウという人間は王国一の学園の学園長であるにもかかわらず、少年でしかも平民である俺にここまで真摯に謝ることができるのか。
それほど高い立場の人間が、ここまで真摯に謝っているんだ。俺の答えなんて決まっている。
「学園長。顔を上げてください。貴方の謝罪を受け入れました。俺は貴方達を許します。これ以上何も要求はしません。下手をしたら死んでいたかもしれない、というのには驚きましたが」
俺は少し笑いながら、アーレットへと言う。
「寛大な心遣い感謝する。...君は大人だな。セイン君が君のことを高く買う理由が分かったよ」
ゆっくりと頭を上げ、椅子に座り直した学園長はそんなことを言った。
「セインが俺のことを?」
セインが彼女へ俺を推していたことは犯罪組織のアジトで聞いていたので知っているが、一旦知らないフリをしておく。
「…お詫びと言ってはなんだが、君に一つアドバイスをしておこう」
そんな俺に向けて、学園長は人差し指を立てた。
「君のその真っ黒な髪の毛とその瞳がとても珍しいものであることは知っているね?」
彼女は、俺の髪の毛から瞳へと順に視線を移しながら言う。
勿論だ。この世界に転生してから、髪の毛や瞳の色が黒色の人は見たことがない。
「そして、それは人間以外の動物でも同様だ。黒い毛や黒い瞳をした動物なんて滅多に見られるものではない。例えば、猫などもその例に含まれる」
続く言葉に俺は内心でドキリとする。
いや、まだ確定したわけじゃない。俺と猫を結びつけるには情報が足りないはずだ。大丈夫、大丈夫だ。なぜだろう。冷や汗が止まらない。
「私も確証がある訳ではないのだけれどな?私の勘はよく当たるんだ。だから、敢えて君へアドバイスを送ろう。———次から猫に変身するときは、毛の色は黒ではなく茶色や白にしたほうがいい。瞳の色も変えられるなら変えたほうがいいだろう。では、話も終わったことだし魔法試験の会場へ行くといい。期待しているよ、アルト君」
最後にそんな特大の爆弾を落として、アーレットはその口を閉じた。
「あ、ありがとうございます。で、で、では、し、失礼します」
俺は彼女に促されるがまま、ゆっくりな動きで部屋を出る。本当はさっさとあの空間から出て行きたかったのだが、思うように体が動かなかった。その間、アーレットはというと、椅子に座ったままでこちらを面白そうに眺めていた。
やっとの思いで学園長室から逃れた俺は、早足で魔法試験の会場に向かう。その間に頭の中を占めているのは、先程のアーレットとの会話だ。
バレてた、バレてた、バレてた———
アーレットには、あの猫の正体が俺であることがしっかりとバレていた。
彼女の性格上、他人に言いふらすということはないだろうが…
「くっそ、バレてしまったものは仕方ないか。他の事については尻尾を掴ませないようにしないとな」
猫だけに。
そんなことを考えていた俺の目には、魔法試験の会場が見え始めた。
「よっし、これが最後の試験だ!気張っていくぞ!」
俺は無理矢理に気持ちを切り替える。アーレットの事は一旦忘れておこう。今は試験に集中しなければ。
あれだけ心を乱されたのは生まれて初めてだ。これ以上に心を乱されることなんてそうそう起こらないだろう。だから、今は一旦落ち着こう。
そう自分に向けて落ち着くように言い聞かせ、俺は魔法試験の会場へと向かった。
......そこでは、先程以上に心を乱されることになるとは知らずに。
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