第21話 魔道具と白夜
セイカを討伐してから1日の休憩を挟み、俺はカイナミダンジョンの11層以降の攻略を再開した。11層から15層までは風属性のモンスターが出現する。
これらのモンスターには火属性が有効だ。そこで俺は、出会ったモンスターへ火魔法を放とうとした。
そのとき、
「お?」
右手にはめられた指輪の赤い宝石が発光した。そして魔法がモンスターへ放たれる。
「え?」
ゴワァァァァ!!!
放たれた火魔法は今まで見たことのないような速度と威力で、標的としたモンスターへと向かっていった。
今の俺の使うことのできる火魔法は中級魔法が限界だ。1層から10層において多用していた水魔法と風魔法は上級魔法まで使うことができるようになっているが、火属性魔法は使う機会がなかったため上級魔法は使えない。
また土魔法はダンジョン全体で防御をするときによく用いているが、こちらもまだ中級魔法しか使えない。また光、闇魔法については、火魔法と同じく、まだ、ダンジョン内では全く使っていないので中級までしか使うことができないはずだ。
だから俺は今、中級の火魔法を行使したはずだった。しかしその威力は、今まで放っていた中級魔法と全く異なり、上級魔法に匹敵するものであった。その火魔法は一瞬にしてモンスター達を消し炭にした。
「…なるほどね。これは属性魔法の威力向上を促すアイテムか。消費魔力は少し増えてるけど、それ以上に威力の増し方が尋常じゃない」
今放った火魔法の消費魔力量は1.2倍くらいになっていたが、魔法の威力は2倍以上になっている。
「確かに、これはめちゃくちゃ有用なアイテムだ。でも、これをつけていたら修行の意味がないか」
そう考えた俺は指輪とブレスレットを丁寧に外しバッグへとしまった。
「このダンジョンを攻略し終えたらちゃんと使ってやるから。今は我慢しておいてくれ」
しまった指輪とブレスレットにそう謝り、引き続き11層以降の攻略を進めることにした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
さて、魔法の操作にもある程度慣れモンスターの特徴もしっかりと抑えている俺は、セイカを倒してから2ヶ月程度で次なる階層主の待ち受ける15層までたどり着いた。
「準備もできたし、そろそろ行くかね」
ポーションなどの準備を整えて、15層へ足を踏み入れる。
15層も例に漏れず、その構造は他の階層主のいた階層と同じで1つの大きな部屋のようになっており、その部屋の中心で淡い緑色の1匹の虎がこちらを睨みつけていた。
「やっぱりお前か、白夜」
ビャック • ヤルコ、通称白夜。
四神の白虎をモチーフにしたモンスターで、淡い緑色の毛が生えた虎だ。
体長は2メートル程度と他の階層主と比べてかなり小柄だが、その分とても動きが機敏で物理攻撃と魔法攻撃のどちらも威力が非常に高い。中でも物理攻撃は階層主の中でもトップの威力を誇り、魔法の威力はセイカのそれに匹敵する。
そんな高い攻撃力と俊敏性とは引き換えに、体力と回復力は他の階層主と比べて大きく劣る。
「だから、攻撃さえ当てることができれば倒せるとは思うんだけど...ッ!!」
瞬時に俺の正面へと移動した白夜は、鋭い爪の生えた手を素早く振り下ろしてくる。俺はそれを間一髪のところで避ける。
「正直、ここまで素早いと思ってなかった。他2人の攻撃が可愛く思えるよ」
白夜の攻撃は非常に苛烈なもので、俺は避けるのに精一杯だった。攻撃を外した白夜はもう既に次の攻撃の準備へ移っており、地面を蹴ってこちらへ向かって来ている。
「攻撃をする暇がまるでない、こんな化け物をセインは真っ向から倒したとか、やばすぎだろッ!!」
白夜の攻撃をなんとか受け流しつつ、俺は全く関係のない物語内のセインへ悪態をつく。
そう、小説中でセインはこの化物と1vs1で戦い勝利しているのだ。著者としてはセインの活躍する場面を作りたいだけではあったのだが…こんな化け物と単身で戦わせていたのか。なんだか申し訳ない。
「とはいえ、単身で戦う方が有効なのは間違いないか。集団は移動を遅くするし、白夜と戦う上でセインだけで戦わせたのは正解だな。しかし、これはまずいな。」
今のところは視覚や気配察知から白夜の攻撃を避けること自体はなんとか可能だが、スタミナが着実に減っていることが自分でもよく分かる。
才能のあるセインと俺は違う。
ポーションを飲む暇すら与えられない中、俺は白夜と戦い始めてから数分でそれを理解した。
「くそッ、だったら白夜、お前の弱点を突くまでだよ!」
白夜の攻撃を掻い潜り、無理矢理に火魔法を放つ。白夜に当たるとは思っていないので、用いる魔法は火球を生成しそれを飛ばすだけの初級魔法だ。放った火球はやはり白夜には当たらず、地面に着地した。
「ッ!?」
が、放った火球に対し、白夜は明らかに大き過ぎる動きでそれを避けた。
「グルルゥゥゥゥゥ...」
そして白夜はすぐに攻撃に転じることは無く、俺のことを警戒するように遠巻きにこちらを睨みつける。
つい数秒前まで、絶えず攻撃を仕掛けてきていたのに、だ。
「やっぱりお前、火が怖いんだろ。」
俺は次に、風属性の中級魔法を白夜に向けて放つ。結論付けるには比較が必要である。俗に言う対照実験という奴だ。
俺の周りに生成された十数個の風の刃は白夜に向かって素早く飛んでいく。自らに向かってくる風の刃に対し、白夜は必要最低限の動きでその全てを避けた。
「やっぱり、これは確定だな。まあ、俺がつけた設定なんだけど。」
白夜は虎だから動物の本能的に火は怖がらせておくか。まあ、体力が少ないから苦手な属性は警戒させることに越したことはないだろうし。セインに白夜を攻略させる上で何か起点になればいいな。そんな適当な考えでつけていた設定だ。
因みに、前述のようにセインは白夜と真っ向から戦って勝利しているため、小説内でその設定はあまり意味がなかったが。強いて言えば、セインとそれ以外の仲間達を炎によって分断することで白夜の攻撃から保護していたくらいか。
「つまり、火魔法は当たらなくても放つだけであいつの動きを牽制することができるわけだ」
白夜の弱点がしっかり機能していることを確かめた上で、俺は一度考えを整理する。
まず、俺は白夜との戦闘は短時間で終わらせたい。長く続くほど俺のスタミナが減り、段々と不利になっていくからだ。
そして白夜は異常なほどに火属性の魔法を警戒している。そんな白夜に対して火属性の魔法を当てることは簡単ではないだろう。
また、白夜は他の階層主に比べて賢い。俺が一度火魔法を放った後、白夜はすぐに俺との距離を空けて観察を始めた。そして、それは今も続いている。俺がこんな無防備に考え事をしているのにも関わらず、彼はまだ警戒を緩めない。
これはあくまでも推測だが、白夜は俺の放つ魔法、特に火魔法の威力を見定めようとしていると考えられる。そのために彼は俺が魔法を打ちやすいよう、絶妙な距離を空けているのだろう。
この程度の距離があれば、彼は余裕で魔法を回避出来る。下手に接近して、間近で魔法を放たれるほうが危険であると分かっているのだ。
このように敵を警戒し、観察をして、対策を練るという行動は、今までに戦った階層主であるスタバやセイカにはなかった行動だ。あいつらはずっと攻撃をしているだけだったからな。
つまり白夜は他の階層主に比べて、知能が高く冷静であることが窺える。喉を潰されて怒り狂っていた鳥や、散々煽られて自滅していった竜とは大違いだ。
「とはいえ、白夜を倒すには火属性魔法を当てる必要がある。そして、できれば一撃で倒したい」
魔法は行使すると疲れが溜まるため、魔法を行使するにつれて白夜の攻撃を凌ぐことが厳しくなる。そのため出来るだけ魔法を放つ回数は抑えたい。
白夜は体力が低いため、上手くいけば一撃で倒すことができるだろう。
今までの階層主を長期戦で下してきたが、やはり今回ばかりは短期戦で決着をつける必要があるようだ。
「あまりやりたくはなかったけど…仕方ない。」
この15層に挑む前、俺は予めある一つの作戦を立てていた。
前述のように白夜は賢いので、その攻撃が当たったとしても、当たらなかったとしても、それ以降白夜に同様の攻撃が当たることはないだろう。チャンスが一度しかない上に、時間もあまりない以上、慎重かつ大胆に、そのタイミングを見極めなければならない。
「やってみるしかないか。」
やはり階層主との戦いは楽ではないな。
俺はそう思いながら、覚悟を決めて呟いた。
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