第24話:姫宮さんはやっぱり怖い

***


 フードコートに着いて、花恋姉と姫宮さんを探す。

 真ん中辺りの四人席に、二人が向かい合って座ってるのがすぐに見つけた。


 さすがは二人とも美人。その周りだけ華やかに見えるほどだ。

 特に花恋姉はその整ったハーフの顔つきで、めちゃくちゃ目立ってる。


 いくつものテーブル席の間を通って二人の元へと歩く。あちらこちらの席の男連中が、花恋姉たちの方をジロジロ見ているのに気づいた。


「おい、お前が声かけろよ」

「やだよ。爆死間違いなしだろ、あんな美人」


 ──やっぱすげぇな花恋姉は。


 遠目に見てもキラキラ輝いて見えるんだよな。


 学校でも誰が一番美人かって話題になると、一学年上の花恋姉の名前が必ず挙がる。


 俺と花見 花恋が親戚だってことは誰にも言ってない。だからみんなは気づかずに、俺の聞こえるところで花恋姉の名前を出す。


「お待たせ」


 ヒデさんが二人に声をかけると、花恋姉が「おっそぉーい!」と頬を膨らませた。


「スマン。大の方をしてた」


 ヒデさんがニマッと笑って言うと、姫宮さんが「女子の前でそういうこと言うな」とクールに返す。

 横で花恋姉が「そうそう」と相槌を打った。


 でも姫宮さんも本気で怒ってる風でもない。花恋姉も笑ってる。


 この人たち、ホントに仲が良いな。

 そしてホントにいい人たちだ。


 そう思うと、俺も素直に口から素直に言葉が出た。


「姫宮さん、お待たせしてすみませんでした」

「え? ああ、いいよ」

「僕も大をしてました」


 ヒデさんにならって、俺も渾身のボケを突っ込んだ……つもりだったんだよな。

 だけど姫宮さんの反応は──


「ああん?」


 ありゃ。不快そうに顔を歪めてる。

 うわ、怖すぎる!

 この人、やっぱ苦手だなぁ……


 あ、いや。姫宮さんもきっと、見た目よりも優しいところがあるに違いない。

 『枯れ尾花』だよな『枯れ尾花』。


 ただでさえ姫宮さんにビビってる俺に、今度は横から花恋姉が眉毛を釣り上げて怒り出した。


「こら、トーイ! レディの前でなんてこと言うのよアンタは!」


 そして結構強い力で、頭をポカリと殴られた。


 ──ええ~っ!?


 ヒデさんの時と全然リアクションが違うじゃないか!?

 やっぱイケメンは得って、事実だよなぁぁぁー!


 俺は殴られた頭をさすりながら、心の中でそう叫んだ。

 ヒデさんがそれを見て、大笑いした。


「おいおい。冬威が言ったのは俺と同じだろ? ちょっと冬威への当たりが厳しくないか?」

「あ、まあそうだけどね、あはは」


 花恋姉が笑い出した。コイツ、わかっててわざと怒ったふりをしたな?


 花恋姉の笑いにつられて、姫宮さんもクールながらもクスッと笑った。とても和気あいあいとした空気に変わる。


 そんな雰囲気になったから、俺も話しやすくなった。

 それからしばらくはフードコートでコーヒーなんかを飲みながら、四人で取り止めのない話をしていた。


 とは言うものの。

 さすがにマシンガンのように喋る三人の会話に割って入るのは、並大抵のことじゃない。

 正直少ししか話せなかった。


 俺もがんばって会話をしたつもりではあるんだけど、100回なんて到底届かないうちに解散となってしまった。


***


 ショッピングモールからの帰り道。

 電車の中で花恋姉が訊いてきた。


「どうトーイ。何回くらい会話できた?」

「うーん……100回なんて全然届かなかった。たぶん50回前後だろな」

「そうだね。それくらいだと私も思う。……で、どうだった?」

「どうだったって?」


 花恋姉は俺の顔を真顔で見つめている。


「トーイが言うところのリア充に囲まれてコミュニケーションを取った感想よ」

「ああ。なかなか難しいな。やっぱデジタル紙芝居とは違う。あんまり喋れなかった」


 俺がそう言うと、花恋姉は人差しをあごに当てて「ふむ」と声を出した。


「あれで、あんまり喋れなかったっていう自己評価なのね」

「まあ100回のノルマには全然届かなかったしな」

「そうだね。でも今までの自分と比べたらどう?」

「あはは。百倍話せたかも」

「そっか。良かった。トーイが私以外の人と話してるのはほとんど見たことないからさ。今までと比べるのは私には無理だけど……」


 花恋姉が見たことないって言うか、たぶん学校で他の人とはほとんど話してないし。


「それに喋ってない時の表情も良かったと思うよ。暗くもなかったし、違和感もなかった」

「ホント!?」

「うん。まあトーイの場合、自分の中に何もないんじゃなくて、それを表に出すのが苦手なだけたからね」


 ──あ。ヒデさんも同じことを言ってた。


「その証拠に、私とはそこそこ喋れるし」

「まあ、それはそうなんどけど」

「うん。だから話し慣れるのが一番の課題。それと……」

「それと?」

「失敗したら嫌だっていう、自分を守る気持ちが強すぎる」

「そうかな……?」


 とは言ってみたものの。

 それは自分でも自覚はある。

 それに、これもヒデさんのアドバイスと同じだ。


「ホントの意味でコミュニケーションが上手い人ってね。周りの人が楽しくなるようにとか、相手に想いを伝えたいとか、相手の人にベクトルが向いてるの」


 花恋姉は両手の人差し指を、外側に向けてツンツンとするように動かした。


「でもコミュニケーションが苦手な人は、バカにされたくないとか、間違いを指摘されたくないとか……」


 花恋姉は、今度は人差し指の先を俺の頬にプニっと押し当てた。


「ベクトルが自分に向いてるの。だから失敗を恐れてなかなか話せない」


 ──あ、確かに。


 今までの俺は、そんな気持ちが大きくて上手く話せないことが多かった。


「だけど今日のトーイはね。とにかく話しかけようと、一生懸命他の人の話を聞いて、話を繋げないかって考えてた気がする」

「あ、うん。言う通りだよ。ところでさ、花恋姉」

「ようやくベクトルが周りに向き始めたね。これを続けたら、コミュニケーション能力はかなりアップすると思うよ」

「そうかな。で、花恋姉」

「うん。すぐに上がるもんじゃないから、継続が大事」

「あ、わかった。あのさ花恋姉」

「花恋姉、花恋姉って、さっきから私の名前ばっかり呼んでどうしたのよ? そんなに私が好きなのかー?」

「ああ、もうっ! 違う! いい加減、そのぷにぷにするのをやめてくれって言いたいんだよっ!」


 さっきから花恋姉は、ずっと俺のほっぺをぷにぷにし続けている。


 いや、ホントやめてほしい。

 そう思って俺は花恋姉を睨んだ。

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