第23話:ヒデさんにも弱みはある
「もう一つ教えといてやるよ。相手が強そうに見えてもな。相手にも弱い部分もあるんだ。それがわかれば、少しは気分が楽になる」
「え? どういうことですか?」
「『幽霊の、正体見たり、枯れ尾花』って言葉を知ってるか?」
「ええ、まあ」
「恐怖心が強いと、ススキの穂まで幽霊に見えるって例えだよな」
「はい」
「それと一緒で、コミュニケーションが苦手な人は、相手をすごいとか怖いとか、過大評価しすぎることがよくあるんだよ。だから
確かに、それは俺もあるかもしれない。
「だから相手を舐めるのは良くないけど、必要以上にビビるな。例えば俺相手でも、自分と同じ高校生なんだって自分に言い聞かせろ」
ヒデさんは右手の甲で、気合を入れるように俺の胸をパシンと叩いた。
いや、でも。
ヒデさんはイケメンだしサッカー部キャプテンだし、同じ高校生と思えと言われたって、それはなかなか難しいよ。
「ビビりそうになったら『枯れ尾花』って呪文を唱えて、この話を思い出せ」
「あ、はい。ありがとうございます。でもなんでヒデさんは、俺にそこまで言ってくれるんですか?」
「冬威が一生懸命でいいヤツだと思ったからだよ」
「あ、ありがとうございます」
今の言葉は素直に心から嬉しい。
「それと花恋のたっての希望だからな。冬威がモテるようになるってのは」
ヒデさんは、少しはにかんだような笑顔を見せた。
あれ?
もしかして、ヒデさんって花恋姉の彼氏だとか?
「それともう一ついいか冬威。失敗を恐れるな。失敗は成長の糧になるし、失敗しないで上手くいくヤツなんてほとんどいない。だから失敗しそうだなって時は、『失敗して成長するチャンスが訪れた』って思え」
「あ、はい。わかりました」
いいこと言うよなヒデさん。
でも──
「ヒデさんくらいイケメンでスポーツもできたら、彼女なんて作り放題ですよね。失敗なんて無さそうだ……」
「いやいや、そんなことないさ」
「ホントですか?」
「ああ。事実、今は彼女なんていないし」
え?
ヒデさんは花恋姉の彼氏じゃないんだ。
なぜか少しホッとした気がした。
なぜホッとしたのか、自分でもよくわからないけど。
「でもそれは、ヒデさんが彼女を作ろうとしてないだけじゃないんですか?」
「いや、なかなか自分が想う人に振り向いてもらうのは難しくてさ……冬威には偉そうに言ったけど、俺も失敗を恐れて行動できなかったりするんだよ」
「えっ?」
ヒデさんがハッと気づいた表情になる。
「こら冬威! 何を言わせるんだよ!」
しまったという顔で、俺の肩を拳で叩いてきた。
うげ。ちょっと痛い。
ヒデさんはマジで焦ってるみたい。
まさかヒデさんの想い人って花恋姉だったりして?
「あ、ごめんなさい。でも俺が言わせたんじゃなくて……」
「あはは、そうだな。スマンスマン。俺ってみんなに『絶対に物おじしないだろ』って見られるんだけどな……実はヘタレなとこがあってさ。特に本気で好きになった女の子相手ではね」
「意外です」
「あはは、だろ? だからさっき言ったとおりだ。相手にも案外弱いとこがあるんだって思えばいい」
「あ、なるほど」
自分の弱みを晒してまで、俺が勇気を持ってコミュニケーションできるためのアドバイスをくれるなんて。
ホントになんていい人なんだよなぁ。
涙が出そうだ。
「じゃあそろそろ行くか。花恋も姫宮も待ちくたびれてるだろう」
「あれっ? トイレは?」
「ああ、別にいい。冬威と二人きりで話すための口実だからな」
「あ、そうなんですね」
そっか。ヒデさんは、わざわざ俺にこの話を伝えようとして……
俺を子分みたいに思ってるなんて、さっきのは完全に勘違いでした。
全力でお詫び申し上げます。
「ここから先は、またさっきみたいな態度をするからな。でももう俺のこともわかっただろうし、さっきよりは自然に喋れるよな?」
それでもまだ自然に話せるかどうかは自信はないけど。
「はい、がんばります。あ、ところで姫宮さんも、もしかしてわざとクールに俺に接してるんですか?」
それならば、姫宮さんにもあまり緊張せずに接することができそうだ。
「いや、あれは素だ。演技じゃない」
「ひぇぇ、マジですか?」
「ああ。アイツ、俺でも時々怖いんだよなぁ」
「そうですか……」
「あ、姫宮も根はいいヤツだからさ。あんまりビビるな。さっき言ったとおり、『枯れ尾花』だ」
「あ、はい。『枯れ尾花』ですね」
そうだ。相手を過剰に大きく見て、ビビりそうになったら唱える呪文。
「がんばります」
俺の返事にヒデさんは、満足そうな笑みを浮かべた。そして思い出したように口を開く。
「あ、こんな話をしたことは、もちろん花恋たちには内緒な」
「はいもちろん」
「ああ、それと。会話の回数をカウントさてるなら、あとで花恋はどんな話をしたか訊いてくるだろうから──」
ヒデさんはそう言って、俺がヒデさんに二つの質問をして、会話したことにしようということになった。
それは「いつからサッカー始めたのか?」「サッカー部は今年は大会でどこまで行きそうか?」という二つ。
「二つの話題で結構喋ったから、10回分くらいにはなるんじゃないの? ──って言っとくよ」
そういうところまで気が回るなんて、さすがですヒデさん。
打ち合わせを終えた俺とヒデさんは、フードコートがある、一つ上のフロアに向かった。
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