第5話:花恋姉は叫ぶ
「よぉーしっ! お前ら、モテたいかぁーっ!?」
花恋姉はこれまた突然、俺に満面の笑みを向けて、わけのわからないテンションで叫んだ。
いや、ここ。俺の部屋の中なんですけど。狭いし、そんな大声出さなくても聞こえますけど。
まあ防音性には優れた家だから、一階に居る両親もうるさくはないだろうけど。でもさすがに今のは、ちょっと聞こえたかもしれない。
セリフの中身まで親に聞かれてたとしたら、めっちゃっくちゃ恥ずかしいじゃないか。
「……」
「あ、あの。ここ『おーっ!』って拳突き上げるとこなんだけど?」
「できるか、そんなもん」
「やってよ」
「やだ」
「なんで?」
「なんでってのはこっちのセリフだ。なんでそんなのをやらなきゃダメなんだよ?」
「なにか物事を成し遂げようとする時は、気合と勢いってものが大事だからよ」
「は?」
「だから武将でも、戦いに臨んでは雄たけびを上げたりするでしょ? それでドーパミンがドバッと放出されて、モチベが上がるのよ。だからモテるためには叫ぶ!」
「あ、うん。確かに……」
「でしょでしょ!」
あ、いかん。危うく花恋姉の謎理論に納得させられるとこだった。ドーパミンが放出まではわかるが、モテるために叫ぶはおかしいだろ。
「いや、やっぱしない。ところでなんで『お前
「ああ、それは単なるノリってやつよ」
花恋姉は相変わらず満面の笑み。単にノリで楽しんでるだけみたいだ。きっと俺をおちょくりたいだけなんだろ。
やっぱわけのわからないノリには乗っからないでおくに限るな。
「で、花恋姉、本題だけど。具体的にはなにをしたらいいんだ?」
「あ……無視したなトーイ」
「うん。そんなのは華麗にスルーだ」
「なによ偉そうに。ガキのくせに」
なんか知らんが、花恋姉は急に不機嫌になったみたいで、美少女顔のほっぺをぷっくり膨らませている。
だいたいこういう態度を取るのは、俺が花恋姉の思い通りにならない時だ。
だけどそう簡単に思い通りになるもんか。ガキ扱いされるのは腹が立つ。
「ガキトーイ」
「は? なんだって?」
「ガーキ、ガーキ」
「うっせえ! 何度も言うな!」
「聞こえてないのかと思った」
「聞こえとるわい!」
「トーイはガキのくせに、耳だけはおじいちゃん!」
花恋姉は頭もいいし、普段外ではきっと大人っぽいんだろうと思う。
だけど俺のことを弟だと思ってるからだろう。俺の前では時々……って言うかちょくちょく、こんなガキみたいな態度を見せる。
だからムカつきはするんだけど、でも花恋姉のこんな気さくさのおかげで、俺もバカ言えるし会話が続くのも確かだ。
俺は外では、花恋姉みたいなリア充の塊みたいな人とは、ほとんど会話が続かないんだよ。悲しいことに。
とは言うものの。
やっぱこういう花恋姉はウザくて腹も立つから、このままにはしておけない。
「そのセリフはさっき聞いた。なあ花恋姉。ガーキ、ガーキとか、そっちこそガキだよな。ふんっ」
「え? あ、いや……」
はっと気づいたような顔になった花恋姉は、ちょっと頬を赤らめて指先で髪の先をクリクリといじってる。
あれ?
今の攻撃はクリティカルヒットだったみたいだ。
花恋姉って意外と打たれ弱い?
でも超絶リア充女子がこれしきでシュンとするなよシュンと。ちょっとかわいそうだからこれ以上いじるのはやめにしとくか。
実際、本題は全然進んでないじゃないか。これなら俺と花恋姉が単にじゃれて遊んでるだけだ。
まあだいたい、いつもこうなるんだけどな。
「花恋姉。そろそろ本題にいこうよ。具体的には俺はなにをしたらいいんだ?」
「あ、そ、そうだね」
助かったぁ……てな顔をした花恋姉は、人差し指をアゴに当てて思案顔になった。
俺の顔をじっと見つめている。どんな素晴らしいアイデアが飛び出すのか、ワクワクが止まらないよ。
「例えば、そのボサボサで陰気な前髪を切ろう」
そう言って、アゴに当てていた人差し指を俺の顔にかかる前髪に向けた。
「はぁ?」
それってよくラブコメで見かける『前髪切ったらモテ始めました』パターン!?
「あの、いや、
「なに?」
「ラブコメの見すぎじゃね?」
「何それ? 私、ラブコメなんか見ないけど?」
「よくラノベとかウェブ小説のラブコメであるんだよ。ボサボサの前髪をさっぱり切ったら、実はイケメンで急にモテました、とかいうヤツが。ファンタジーかよ? そんなハズねぇだろってヤツが。それに俺、イケメンじゃないし」
「まあそんなハズはないよね。現実的には」
「いや、まさに今それを言ったのは花恋姉だろが?」
やっぱ俺をおちょくってんのかコイツ?
「ちょい待ちトーイ。それだけでモテるなんて言ってないから。だから『例えば』って言ったでしょ。それも必要だし、他にもやることはたくさんある」
「なんだよ、やることって?」
「トーイに彼女ができる、つまりトーイがちゃんと売れるようにするためにはね。企業活動に置き換えたら、プロダクトとマーケティングの強化が必要なわけ」
「は?」
プロダクトとマーケティングの強化?
なんじゃそれ?
なぜに企業活動に置き換える?
モテるためのレクチャーを受けてるはずだよな、俺。
花恋姉の口からわけのわからない言葉が出てきて、俺はわけのわからなさマックス状態に陥った。
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