第270話 賢者の石と祈りの石
「赤い石……血の色のような、赤い」
私は、以前アナさんに聞いた、戦死者の魂から作った『不完全な賢者の石』のことを思い出した。
「何者だ!」
上座にいるローブを着た老人が、控えている兵士達に私達を捕らえるよう手で指示をする。
それに促されて兵士達が私達の方へ駆け寄ってくる。
しかし、それよりも早くリーチをとったマルクとレティアに気絶させられ、残りもアリエルの魔法の矢で足止めされ、リィンに頭突きで気絶させられる。
躍起になって私達を捕らえようと指示を出すローブの老人に対して、玉座に座る老人はおかしなくらい微動だにしない。
「ええい、役に立たん奴らばかりめ……って、貴様ら、何者だ! 何の用があってこのような場所で狼藉を……」
そこで、ローブを着た老人の言葉が止まる。
その視線は私と、私の横に控える赤い翼をはやしたウーウェンに釘付けになっていた。
「若葉のような緑の髪、空色の瞳。そして、その顔。それに赤い竜……」
老人が口元を押さえてうろたえる。
「グエンリール……」
「そうさ! この方はボクの新しいご主人様。グエンリール様のご子孫様の錬金術師さ!」
その言葉に、はっと瞠目して老人が私を直視する。
「グエンリールの子孫……、しかも、錬金術師だと?」
……ちょっと、怖い。でも。
周りを見ると、みんなが私を勇気づけるように笑って頷いてくれて。
大丈夫なんだ、って思えた。
だから、私は彼の言葉に頷いた。
「そうよ。私はデイジー・フォン・プレスラリア。ザルテンブルクの錬金術師! あなたの求める戦争を止めに来たわ!」
私はそう宣言して、祈りの石を飾ったアゾットロッドを差し出して見せた。
「これは、いにしえの神々が平和を願って残した石をもとに作った祈りの石。グエンリール様が作りたかった石。これはすべての人に平和をもたらす石よ。これこそが、錬金術師が目指す究極の品だわ!」
「何を言う。不老不死をもたらすエリクサーそして賢者の石こそが錬金術師の究極の目的。私は錬金術師の頂点に立とうとしているゲルズズ。……お前も錬金術師の端くれなら、エリクサーの存在くらいは知っておろう!」
「知っているけれど、認めない。だって、それは何人の人に恩恵をもたらすのかしら? そして、永遠に生きることが果たして本当に幸せなのかしら?」
ゲルズズだというそのローブの老人に逆に私は問うて返した。
「選ばれた人間がそのほかの人間を支配し、永遠の命と共に、一貫した統治をする。それこそが統治というものの理想だろう!」
一貫した統治。確かにそれは正しい。
統治者が頃コロコロ変わって、施策が定まらなければ、大きなこともなしえない。
身分は子爵家出身と低いとはいっても、それくらいは私にもわかった。
……だけど。
私は、周りにいるみんなをもう一度見回した。
もし私が賢者の石に、エリクサーに選ばれて、永遠の命を得たとしたら?
その犠牲として、みんなは賢者の石の素材になったとしたら?
素材にならなかったとしても、永遠に生き続ける私を置いて、みんないつか死んでしまうわよね?
……そんなのいや!
「本当に永遠の命なんて欲しいの? 友達も、家族も……一緒に生きたいと思う人はいないというの⁉」
私は私が出した答えを、ゲルズズに投げかけた。
彼だって元々は普通に生きていたはず。ならば、家族だって友達だっていたはずだ。
友達だったって……グエンリール様はそう言っていたもの。
「……はっ。下らん感傷か! そんなものとうに捨てたわ! いや、友など捨てられたといった方が……」
「違うわ!」
「小娘が何を言う!」
「違うわ! だって、グエンリール様はあなたを友達だと書いていたもの。あなたを止めたいって。だから研究するんだって。いつかあなたを未来の誰かが止めて欲しいって、そう書き遺していたもの!」
私はゲルズズに真っ向から否定した。
だって、グエンリール様の思いだけはちゃんと伝えたかったから。
それも私がここへ来た理由の一つだもの。
グエンリール様は、友達のゲルズズを止めて欲しいって、そう書き遺していたもの。
「……友、だと?」
私と言い合いをするさなか、横に伸ばしていた腕が力なく下がる。
そして、胸に手を当てる。
「あれは私を見限って去った。……私の研究を否定し、去り、塔に籠もったと聞く……」
「そうよ。そして、その塔の中であなたの間違った研究を否定するための……正しい、いえ。善なる、良心からくる答えを探し求めていたのよ!」
私が告げると、ゲルズズは自分のしわだらけの手で胸をかきむしった。
「ではなんだ。私は友と別れ、その友と死に別れ、誰もわかり合えるものもいないまま、生きてきたというのか……?」
そう言ってがくりと崩れ落ちて両膝を突く。
「……グエンリール様が、錬金術師でないにもかかわらず、見つけ出した答えがこれ。そして、わたしがその素材の一部と志を引き継いで作ったのがこれよ!」
私は、もう一度、ゲルズズに祈りの石を差し出して見せた。
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