第268話 祈りの石の力
ウーウェンに乗って、みんなでシュヴァルツブルグ目指して大空を飛んでいく。
◆
ザルテンブルグ王国を超えて、ハイムシュタット公国に入ると、様相が変わってくる。
かろうじて逃げ延びた女性や子供を主とした一般民が、続々とシュヴァルツブルグ側から移動してきているのだ。
「こっち! こっちですよ! けが人はいませんか? いたら私が治します」
かつて聖女の座をかけてダリアと争ったリリアンが、あのうち捨てられた教会に人々を誘導していた。
「ここでしたら、雨露くらいはしのげます……って、あら? 陰?」
ふと大きく大地を通り過ぎていく陰に、リリアンが天を仰ぎ見る。
「……竜。竜がシュヴァルツブルグのほうに飛んでいく……?」
天を横切っていく赤い竜を見て、ぼんやりと呟くのだった。
「それにしても、なんで移民が女子供ばかりなんだ? 普通なら、男が率先して彼らを守らないと危ないだろうに」
ウーウェンの背から、眼下の様子を見て、マルクが疑問を呈した。
「……男は捕らえられている……とか?」
「それはどういう……」
「戦争をしたいんだろう? ならば、兵がいる。男は、農民ですら一般兵にできるからな。でもせめて、弱い女子供だけでも逃がそうとする者もいるんだろう」
「……」
レティアの説明に、私は言葉を失ってしまう。
本来、戦うためにいるわけでもない普通の民まで、戦争に狩り出すなんて……。
酷すぎる。
やっぱり、なんとかしてこの事態を止めないといけない。
私は決意を新たにするのだった。
◆
やがて、ハイムシュタット公国とシュヴァルツブルグ帝国との国境を越えた。
まだ進軍をしているというわけではないから、そんなに兵隊がいるというわけではない。
けれど、所々領主の城だろうか。
要所と見える城や砦にたくさんの兵士が集められ、大砲や大型の投石器などが置かれているのが見える。
大抵の砦は、あっという間に私達が飛び去ってしまうので、抵抗されることもなかった。
「……なんだあの点は?」
けれど、ある砦は、遠くから私達が飛んでくるのを発見したらしく、騒々しく叫ぶ声が聞こえてきた。
「竜だ! 赤い竜が来るぞ!」
「全軍防衛体制! 投石器用意!」
男達の怒鳴り声が聞こえてくる。
「……私達は精霊王様の守護があるからいいけれど」
「石を投げられたら、他のみんなは……」
私とリィンが青ざめる。
「そんなもん、ボクがさっと避けてやるさ!」
気楽にまるでゲームでも愉しむように言うウーウェン。
でも、もし当たってしまったら、みんなが落下して怪我をするどころか、人との戦闘になってしまう。
「……どうしたら……」
私は、祈りの石の付いたアゾットロッドを、ぎゅっと握りしめた。
すると。
『願うのです。……平和を、人々の本当の幸福を願うのです』
どこからともなく、いや、頭の中に聞こえてきて、私はもう一度祈りの石をぎゅっと握りしめる。
……お願い。本当の幸せを思い出して。家族との、友達との、笑顔で平和な生活を思い出して!
私は祈った。そして、アゾットロッドを天に向けてかざす。
雲間から差し込む太陽の光を受けて、祈りの石が七色の光を強く放ち、砦を照らす。
すると、攻撃をしようと躍起になっていた人たちの手が止まる。そして、はっと我に返ったように、自分達の家族や恋人達のことを思い出し始め、話題にし始めたのだ。
「……あれ? なんで俺達戦争の準備なんてしていたんだっけ?」
「ちょっと、待てよ! 俺、嫁さんが今妊娠中でもうすぐ産まれるんだよ!」
人々が我に返って、攻撃をする手を止める。そして、思い出した自分達の生活に、ああだこうだと騒ぎ出し、砦の屋上から降りる階段へ走って行く者も現れた。
このときの私はまだ知らなくて、あとで知ったことだけれど、実のところゲルズズは兵士達に、盲目的に指示を聞いたり、興奮状態になって夜も眠らないで戦えたりする、悪魔のような薬を飲ませていたらしい。
きっと、このとき皆が我に返ったのは、そのおかしな異常状態が解除されたのだろう。
これもあとから聞かされたことだけれど、ゲルズズは、兵士達を使って、自分が作った薬と知らせず、まるで実験台のように使ってその効果を確認していたらしい。
「……すごい。その石、なんなんだ」
「……平和のための石。これこそが本当の賢者の石、錬金術師が目指す究極のものであるべきなのよ」
マルクの問いに、私は決意を新たにする。
錬金術師が目指す、究極のものとはなにか。
誰かのためだけの利益をもたらすものではなくて、みんなを幸福にするもの。
それが、錬金術師が最後に目指す到達点であると。
それをゲルズズと決着をつけてみせる。
私はそれを心に決めるのだった。
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