第255話 グエンリールの遺した本②
グエンリール様の遺した本にはまだ続きがあった。
やがてその本は、本というより日記のような、雑記のような書きぶりに変わっていく。
◆◆◆◆◆◆
賢者の石は、それ自身がエリクサーであるとも、賢者の石からエリクサーが生成されるとも言われる。
賢者の石がエリクサー自身であるにせよ、エリクサーの素であるにせよ、それは人が作るべきではないと私は忠告しよう。
私には錬金術師の友人がいた。
彼の名はゲルズズ。
彼は非常に才能があり、前途有望な若者……だった。
私とゲルズズは
私は次期賢者として、彼は錬金術師として将来を期待された同期生だった。
私は、ゲルズズと出会い、彼が実践する錬金術を見る度に興味を深めた。
もちろん、本来の職業である魔導師を学ぶものの、その傍ら、ゲルズズの手伝いや、見様見真似で錬金術をやってみたものだ。
我々の学生時代は、非常に有意義な時期であったといえよう。
学問に情熱を注ぎ、時には恋を語り。
普通の友人同士と何ら変わらない良好な関係だったと思う。
そして、我々は良い成績を残して卒業する時期が来た。
私は宮廷魔導師団の研修生となった。
ゲルズズは、国王自らが
彼は
だがやがて、私はこう思うに至った。
『この国はダメ』なのだ、と。
学生時代には、将来を夢見て学業や興味の赴くままに邁進していれば良かった。
この世の中のきれいな未来だけを夢見ていられたのだ。
けれど、宮廷魔導師団見習いとして研修し、研修生として実戦に参戦するようになった。そして、国王がやろうとしている戦争というものの現状を、私は目の当たりにした。
その頃には、私から見れば、国王は愚王だった。
彼は、人や土地が荒れることをすら考えずに、この大陸全土に向かって侵攻しようとしている。
侵略戦争。
大陸を統一するのだという。
騎士団や宮廷魔導師団は、終わりなき戦争にかり出される。
一方で、ゲルズズが作った火薬は爆弾や大砲として、魔法を補う戦争の道具として使われている。
彼が作る武器もそうだ。
もろい鉄を頑丈な鉄に作り替え、兵士の強靱な盾と武器となり、隣国の民を蹂躙する。
彼が偶然植物から見つけ出した薬草もそうだ。
その薬草から抽出したエキスで出来たポーションを飲ませれば、普通の民を、疲れを知らず、眠りもせずに、盲目的に命令に従う勇猛な兵士にすることが出来るのだという。
それに気づいたとき、人の尊厳を冒していると思った。
現国王は、ゲルズズの力を利用して他国を侵略している。
我々宮廷魔術師団もそうだ。
そうして、多くの血が流れている。
私は、この国を去ろうと決意した。
とてもじゃない、その思想について行けないと思ったのだ。
だが、さすがに、かつて友であった彼も誘おうと、最後に声をかけたのだ。
けれど、彼もすでに変わってしまっていた。
彼は、国王に命じられたのだという。
エリクサーを作れと。もちろんそれは、不老不死の妙薬のことである。
そして、彼自身がそれに取り憑かれていた。
国王は、大陸全土に侵略し、大陸を治める。
そして、不老不死となり、この大陸を永遠に支配するのだという。
それが最終目標なのだという。
そして、ゲルズズはそのためにエリクサーを作るのだという。
だから、私の誘いには乗らないと断られた。
私は驚いた。狂気じみていると思った。
賢者の石も、エリクサーも、本当に作り出した者は未だかつていないと聞いている。
まず最初に彼は言いだした。
「水銀と硫黄だ。それが、まず長寿の妙薬の基礎になる。ならば、これを改良すればエリクサーとなるだろう」と。
私は、彼と決別し、そして宮廷魔導師団を辞して、放浪の旅に出ることにした。
学ぼうとすれば、どこでも学べる。
私は、山野で魔法の訓練をし、困っている民がいれば手助けをした。
そうしてやがて気がついたときには賢者として十分な力を持つようになっていた。
しかし、ゲルズズの研究は、その方向性が怪しくなっていったらしい。
「硫黄と水銀」を基礎として作ったという丸薬を飲んでいるという国王も、ゲルズズも、次第に醜い容姿に変わっていく。
肌にはシミができ、歯は抜け落ち、それをごまかすために化粧をし、義歯をはめているのだと。
そんな醜聞が、流浪の吟遊詩人や、街頭の見世物小屋で演じられるようになった。
やがて、他国侵略の戦争が苛烈を極めてきた。
私は、もう一度宮廷に足を運び、ゲルズズに苦言を呈しに行った。
火薬の大量生産に関わるゲルズズに、いい加減にやめるようにと。
そして、エリクサーなどという自分達だけの欲望に溺れるのではないと。
しかし、彼から聞かされたのだ。
「エリクサーには、魂が必要なのだ」と。
だから、「戦争こそ必要なのだ」とまで言い出したのだ。
私は、完全に彼と袂を分かつことにした。
そしてその国を去った。
私は元の国に攻め込まれようとする他の国々に働きかけ、その野望を挫くために、同盟を結ばせることに尽力した。
やがて、同盟を結んだ国々には到底かなわなくなり、そして、戦争をするための資金も底をつき、大陸に吹き荒れた戦争は終息したのだった。
私はそれを見届けると、ある国の塔に籠もった。
終戦の功労者でもある私に、その国の王は「私にぜひ国に仕えて欲しい」と望んだ。けれど、もう私は世の中というものを見ていたくはなかったのだ。
隠遁したかった。
その頃には、妻と子がいた。私を支え続けた優しい彼女は、私が隠棲をしたいという願いを受け入れてくれた。
彼女達には、大変申し訳ないことをしたと思う。
そうして、私は塔の上階に引き籠もった。
食料は、妻や娘がかごにいれたものを、従魔の子竜が運んでくれ、それで生活を続けることができたのだった。
私は塔の中で、錬金術を研究することにした。
もし、またあのような事態が起きたときに、それを防ぐすべを見いだすために。
友の過ちを諫めるために。
もちろん私の職業は賢者であって錬金術師ではないから、神の恩恵はない。
けれど、ならばその分を努力で補おう。
せめて、後の世のためになるような知恵を、わずかでも遺すために。
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