第248話 決めるということ

<前書き>

次回は真面目なお話しです。

少しづつ成長するデイジーを見守ってください。

——————————————————————-


 私は驚いた。なぜなら、アルフリートの「嫌だ」という拒否を、陛下がお認めになったと聞いたからだ。


「まあ今は、あれ本人がいないから言えることだけれどね。……ここからはあれより少し大人のデイジー嬢向けの話だ。ちゃんと向き合えそうかな?」

 ホーエンハイム先生が、私にこの先を聞く覚悟を確かめるかのように、首を傾けた。


「……はい」

 私はごくりと固唾を飲んで、頷いた。


「『自分が作った爆弾を戦争に使わせない』、その望みは叶った。だから、あれは、自分の作った爆弾で人が傷つくことで、心を痛めることはないだろう。まだ七歳のあれには受け入れ難い申し出のはずだ」

「……そう、ですね」

 私が頷くと、ホーエンハイム先生も、うん、と一つ頷いた。


「だがもし、彼の国が戦争を仕掛けてきて、我が国が劣勢になったとしたらどうだろう?」

「……え?」


「もしも、の話だよ。あの子はまだ幼い。だから、そこまで諭さなかったのだけれどね。もし、自分ができることをなさなかったために、国の人々が傷ついたり亡くなったりしたらどう感じるだろう。もしその中に自分の家族が一人でもいたら?」

 ホーエンハイム先生の問いかけが終わると、二人しかいない部屋の中がしいんとなる。

 私にとってその問いは思いもかけないもので、答えをすぐには出せなかったからだ。


 ……もし、戦争になった時、私が出来たはずの手助けをしていなかったら。


「……私は、後悔すると思います。多分、……申し出を断った時の自分を責めると……思います」

 私は、ゆっくりと答えた。


「そうだね。多分、良心を持った者であれば、そう思うんだ」

「……ホーエンハイム先生! だったら、それなら……! 最初から答えなんかないってことじゃないですか!」

 私には、どちらを選んでも希望なんかないように思えて、思わずソファから立ち上がって大きな声で訴えた。


 だって……!

 助力をすれば、他国の人を傷つけたことで後悔する。

 助力を断れば、自国の人がもしかしたら傷つき、後悔する。

 どちらにしても、後悔する結果を免れないないのだ。


 ……どうしたらいいのよ!


「あ……!」

 また胸がぎゅっとして、私は胸を押さえる。

「デイジー嬢、落ち着いて……」

 ホーエンハイム先生が立ち上がり、私の両肩を支えて私をソファに座らせる。


「誰か! デイジー嬢が具合が悪そうだ。誰かいませんか!」

 私を落ち着かせようと、ホーエンハイム先生が私の背を撫でながら、大きな声で部屋の外に助けを求める。


 バタン! と音を立てて扉が開いて、ケイトが姿を現した。

「デイジー様! どうなさいました⁉︎」

「ちょっと……また苦しくなっちゃって……」

 私は側までやってきたケイトに縋り付く。


「……すみません。私がデイジー嬢にお話したことは、彼女にはまだ早いことだったかもしれません。……デイジー嬢は、私の言葉にショックを受けられて、苦しくなられたようです」

「そうですか……。デイジー様、この後どうしましょう? お客様とのお話は後日ということにして、お休みになられますか?」


「うん、そうしたい……」

 そう言いながら、申し訳ないと思ってホーエンハイム先生を見上げた。

 先生は、「大丈夫」とでも言うように、優しい笑みを浮かべながら頷いてくださった。


「では、私はお暇しますね。デイジー嬢、ゆっくり休んでください」

 ホーエンハイム先生がそう言って部屋を出る。ちょうどセバスチャンも騒ぎを聞きつけたようで、帰る先生をお見送りに行くようだ。


 私は、ケイトに支えてもらいながら、自室に戻るのだった。

 リーフも、心配そうに私の横に寄り添いながら歩き、くぅん、と鳴く。


 ◆


 そうして、その夜仕事から帰ってきたにしては早い時間に、部屋の扉の向こうからお父様の声がして、それと一緒にノックが聞こえた。

「お父さんだけど、具合の方はどうだい?」

「お父様。ええ、だいぶ落ち着きました。……あの、お父様」

 私とお父様は扉越しに会話をする。


「なんだい。デイジー」

「お時間があったら、お父様とお話しがしたいんです」

 今日、ホーエンハイム先生から聞いたこと。


 ……力を持つものが負うものについて、お父様とお話がしたい。


 だから、扉の向こうにいるはずのお父様にお願いをした。

 返事はすぐに帰ってきた。

「……もちろんだよ、デイジー。開けてもいいかな?」

「勿論です」


 お父様が私の部屋の扉を開ける。

 そしてそこには、優しいお父様の笑顔があった。

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