第230話 十二歳の誕生日と大空の旅
ウーウェンが一際大きく羽ばたいて、その高度をあげる。
すると、春の暖かな風が私の頬を撫でていく。
その風に煽られて、私の緩くまとめたおさげの残り髪が、私の頬にかかる。私はその顔にかかる髪を手で避けながら、残りの手でウーウェンの鱗をしっかり握っていた。
「デイジー様、凄いですよ!」
リーフに言われて、背後を振り返ると、さっきまでいたはずの賢者の塔が、あっという間に景色の一部として溶け込んでいた。
「凄い! 早いわ!」
その速さに驚いて私が歓声をあげていると、前方からウーウェンの声がした。
「デイジー様は空の旅は初めてだよね。だったら、下も見て下さい!」
その言葉に促されるように、私はしっかりと鱗を握り締めながら体を斜めに捻って、下を覗き込む。
「……うわぁ!」
まるで、景色が模型か何かのおもちゃのようだった。
私たちが馬やリーフ達に乗って歩いてきた街道も細い線のよう。そして、そこを通る行商人かと思われる人達もお人形のように小さく見えるのだ。
「さて、目の前に雲が見えてきた! 一気にいっちゃいますから、驚かないでね!」
……え? 雲って、あの空に浮かんでいる雲よね?
綿みたいにボフンって突っ込むことになるのかしら⁉︎
地上から見る曇って綿のように見えるから、当然そんな感触なのだろうと私は想像した。
私は、前方に現れた雲を前に、鱗を握る手の力を強めた。
そして、自然とぎゅっと目を瞑る。
けれど、思っていた衝撃は何もなかった。
「あれ……?」
目を見開くと、目の前にあるのは、霧雨でも降っているかのような、もやっとした視界の悪さだけ。
「ねえ、リーフ」
「はい、デイジー様」
「雲って、綿じゃなかったのね」
並んでウーウェンの背に乗っているリーフにその感想を伝えた。
「はい、そのようですね。でも、これを地上から見ると綿のように見えるなんて、神の創造物はなんて不可思議なんでしょう」
リーフと語っていると、その視界の悪さもあっという間に
そうして、前方に王都の象徴でもある王城が見えてくるのだった。
「早いわ!」
そうして、私は十二歳の誕生日を大空の旅の中で迎え、王都に帰還するのだった。
◆
私達は、王都の北西門の手前の草原に着陸した。
私とリーフがウーウェンの背から飛び降りると、ウーウェンは人型になった。
そして、私、リーフ、ウーウェンは北西門での検閲を受けるべく、門に向かうのだった。
賢者の塔の方角から来る赤竜に対して、大きな警戒体制は敷かれていなかった。
普通に考えたら、門を警備していて、空から竜が飛んできたら驚いて大騒ぎになりそうなものだ。
なのに、私達は普通に北西門でのチェックを受けるために、人々の行列の中に並んでいる。当然、ウーウェンも一緒だ。
そうしてきちんと順番が来るのを待っていると、やっと私達の番がやってきた。
「ああ、デイジーちゃんか。おかえり」
私の顔を認めた警備兵さんが、気さくに声をかけてくれた。
私のアトリエが北西門の近くにあるせいか、彼ら警備兵さんとはすっかり顔馴染みだ。
その警備兵さんが、私からリーフ、そしてウーウェンへと視線を移す。
「うん、従魔契約も済んでいるようだね。この子が、
ウーウェンの額の印を見てなのか、私に尋ねてきた。
そう。陛下へご報告したときに、ウーウェンは対外的に『国の守護竜』として受け入れること決められたのだ。そして、それが伝わっているのだという。
だって、いきなり王都に竜が飛んできたら、「襲撃か⁉︎」って驚いちゃう。
警備兵さんによると、その決定をもとに、彼らに、「賢者の塔の方角から赤い竜が来るが、それは無害、我が国の守護竜だ」との伝達が行き渡っていたらしい。
だから誰にも見咎められなかったのかと、私は納得した。
後でお父様に聞いた話だけれど、『国の守護竜』が私に従うことについては、一部の貴族から一悶着あったらしい。
そりゃあ、我が家、プレスラリア家は今や聖女に賢者がいる。私も爵位を授けられた錬金術師と名を馳せている。そしてさらに守護竜が眷属として加わる。一子爵家が力を持ちすぎだ、と苦言を呈する方もいるのは想像に容易い。
けれど、我が国がある大陸には、ハイムシュタット公国を挟んで、シュヴァルツブルグ帝国という軍事国家が存在している。彼らはいつなんの理由で戦争を仕掛けてきてもおかしくない国なのだ。
そういう前提を前にすると、『竜を従えている』ということは、彼の国への大きな牽制になるだろう、というのが陛下の言で、そこまで言われると、文句を呈していた貴族達も、口をつぐんだのだという。
国の事情に話が逸れちゃったわね。
まあ、そういった調整があって無事にウーウェンは無事に王都の地を踏むことができたのだった。
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