第187話 生命の水を作ろう

 私は、『生命の水』と題されたページで手を止めた。

「なになに。酒類に含まれる成分。蒸留によって水と分離することができる」

 うーん、まだ続きがあるな……。

「えっと。水に可溶性を表さない物質の中には、『生命の水』に可溶性を見せるものもある」


 ……ん。これ、いけるんじゃない⁉︎


 あれ。注意書きが続いている。

「えーっと。より純度の高い『生命の水』は、簡単に引火し燃えるので、火気に注意すること」

 ……換気扇を回しながらやるのは絶対みたいね。


 さて、お酒なんて、うちにあったかしら?

 飲む人もいないし、未成年しかいない私達に売ってもらえるものなのかも疑問だ。

 そんなことを考えながら厨房へ降りていくと、ちょうどパンの品出し作業で戻ってきたミィナに出くわした。

「あ、ちょうどよかったわ、ミィナ。質問があるんだけれど、いいかしら?」

「はい。なんでしょう?」

 私が話しかけると、パンをトレーに並べる手を止めて、私の方へ向き直る。


「『生命の水』というものを作るのに、何かお酒が必要らしいのだけれど、うちのアトリエにお酒なんてあったかしら?」

「ああ、それだったらお料理用に買い置きしてあるワインがありますよ。赤と白どちらにしますか?」

 そういうと、ミィナは食料庫の扉を開けて中に入っていく。

「うーん、多分どっちでもいいわ」

 すると、ミィナは食料庫から、二本の赤ワインを持ってきてくれた。

「赤ワイン煮を作る時期でもないので、使っちゃってください。はい、どうぞ」

 そう言って、ミィナがそのワインを私に差し出す。

「ありがとう、ミィナ!」

 意外にも、アトリエにお酒は存在していた!

 私はお礼を言ってそのワインを受け取り、実験室に持っていく。


 そういえばそうよね。私が、時々ミィナが、『赤ワイン煮』とか、『白ワイン蒸し』なんかを作ってくれていたことを思い出した。


 実験室につくと、ちょうどマーカスが接客を終えたところで、実験室側を向く。

「デイジー様。いい案見つかりましたか? あれ。ワインですか?」

「ええ。ワインから、『生命の水』を取り出すことができるそうなのよ」

 二本のワインを作業台に置きながら、私は答えた。

「そう。お酒というものには全て入っているんですって。そしてそれは、水では溶けないものを溶かすらしいわ」

「なるほど、そういうことですか。私もぜひご一緒させていただきたいのですが、良いですか?」

「勿論よ!」

 そういう訳で、私達は一緒に『生命の水』を取り出す作業に入ることにした。


「あ、マーカス! この作業は、火気に注意がいるらしいから、換気扇を回してくれる?」

「はい」と言って、マーカスが換気扇のスイッチを押す。

 その間に、私は、蒸留器の前に、椅子を二つ並べた。そして、戻ってきたマーカスと一緒に腰を下ろす。


「蒸留器でね、分離するらしいのよ」

「分離、ですか?」

 そこに、ふらっと様子を見にきたらしいミィナが口を挟んできた。

「お酒がお酒である成分だったら、お水より簡単に飛んでいってしまうんですよ! お料理をしたことがあれば、わかりますね」

 珍しくちょこっと自慢げな様子でミィナが、説明した。

 料理はミィナの専門分野、ちょっと自慢してみたくなったのかしら?


「さすがミィナね! その、お酒の成分のことを『生命の水』と言って、今からそれを取り出すのよ」

 ふうん、と言いながら、私がフラスコにワインを注ぐのを眺めている。

「だったら、温度管理が難しそうですね……。じゃあ、頑張ってくださいね! 私は仕事に戻ります!」

 そう言って、ミィナは厨房の方に消えていった。

「思わぬ分野から、良いアドバイスをもらったわね」

「そうですね」

 残された私とマーカスは、顔を見合わせて頷き合うのだった。


 ワインを入れたフラスコを、蒸留器にセットする。

 そして、加熱機と冷却機のスイッチを入れる。


「温度が大事らしいから、一緒に注意しながら見ましょう!」

「はい!」


 やがて、蒸留器の中が少し曇ってくると、ぽたりと一滴、受け側のフラスコに液体が落ちた。


【生命の水】

 分類:溶媒

 品質:良質

 レア:C

 詳細:一般的な生命の水。

 気持ち:温度管理に気をつけてね。水を入れないようにしっかり見てて!


「一滴ですが、分けられましたね」

 鑑定で見たのだろう、マーカスが

「うん。ワインから分けた成分なのに、透明なのね」

 初めてみる『生命の水』は、水と同じく無色透明だった。

 温度が上がり過ぎないよう、加熱機の強さを弱くする。


【生命の水】

 分類:溶媒

 品質:良質

 レア:C

 詳細:一般的な生命の水。

 気持ち:うん、まだ大丈夫!


 しっかりお勉強して来たからなのか、今日は鑑定さんのアドバイスも優しい。

 私は、鑑定さんの言葉に注意しながら、ゆっくりゆっくり加熱した。

 ふと、私は加熱されている方のフラスコもみてみた。


【ワインだったもの】

 分類:飲み物?

 品質:低品質

 レア:D

 詳細:生命の水が抜け落ちたワイン。

 気持ち:ワイン煮とか、お料理で使ってね。料理を美味しくする成分は残っているから捨てちゃダメだよ!


「あっ! 終わりだわ」

 私の言葉に、マーカスが急いでスイッチを止めてくれた。

 十分冷えてから、受け側のフラスコを外してみる。


「……お酒くさいわ」

 私は、フラスコの上部を仰いで、匂いを嗅いでみた。

 マーカスも私に続いて横から手を差し出し、匂いを嗅ぐ。

「……本当です。これが、『生命の水』。お酒をお酒たらしめる成分なんですね……」


 私達は、『生命の水』の分離に成功した!


 残りも、ワイン二本分の『生命の水』を分離した。


【生命の水】

 分類:溶媒

 品質:良質

 レア:C

 詳細:一般的な生命の水。燃える。

 気持ち:火気厳禁! 管理には注意して! 火がつくからね!


 ……水に見えるのに、火がつくなんてびっくりだわ。

 ちょっと実験してみたい。


「ねえ、マーカス。これは、『燃える水』でもあるらしいの。試してみたいわ」

 すると、マーカスがもう一度鑑定して、そのとおりの結果を見て、目をパチクリさせる。

「……『燃える水』、不思議ですね。見てみたいです」

 やっぱりそうよね!


 私達は、小さな試験皿に、『生命の水』を少量入れる。

 そして、生活魔法程度の火魔法が使えるミィナを呼んで、指先に小さな炎を灯らせてもらって、その皿に近づけた。


『生命の水』が引火した。


 部屋の明かりを暗くすると、その炎の色がはっきりする。

 その炎は見知った赤ではなく、青い炎だったのだ。


「うわあ、綺麗ですねえ」

「神秘的です」

 ミィナとマーカスが、珍しい青い炎を見て感動している。

「すごいわ! でも、こんなに簡単に引火するんじゃ、管理を気をつけないといけないわね」


 私のアトリエの保管庫の中に、新たに『火気厳禁』とふだの貼られた一角ができたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る