第150話 南下①

 馬と聖獣を歩ませ、ティリオンをやや上空で飛ばせながら、道なりに、南へ南へと進んでいく。

 春の薄い水色の空に、薄い雲が流れていく。

 王都から離れると、あっという間に街道の周囲は農村地帯へと景色を変え、春蒔き小麦が畑の土に根を張って、これから一生懸命に背丈を伸ばそうと葉を陽の光に向けて広げている。

 そして、名主と小作人達の住まいなのだろうか。時折、畑の緑の合間に、ぽつりぽつりと集落らしい家の集まった地区が点在していた。


「いつもの北の山岳地帯沿いを行くよりも、本当に平和ね」

 茂みらしきところもないので、獣や魔獣が現れることも無い。至って平和な道のりだった。

「まあ、ここら一帯は国内でも屈指の穀倉地帯だしな。農地開発が進んでいて、変な魔獣が潜む場所もないし、かなり平和な場所だな。ほら、あそこ」

 そう言って、マルクが指を指す、ずーっと先には、立派な貴族の館が建っているのが小さく見えた。

「ここいら一帯を治める公爵様の館があそこ。まあ、離宮だけどな。陛下のご信頼も厚く、民からも慕われていらっしゃる」


 今まさに春小麦の苗の植え付けをしているような畑もあって、親の手伝いをしている子供が、街道を行く私達に、遠くから両手で手を振ってきたりする。本当にのどかだ。

「子供が笑ってる。本当にいい領地なのね、ここは」

 そんな、領民たちも穏やかに農作業をしている風景を見ながら進む道のりは、私たちの心まで穏やかにしてくれるのだった。


 そして、その日は予定通り夕方には、旅の中継地点となる町に到着した。

 農村地帯にある、小さな宿場町だから、かなり簡素な作りの町だ。宿も一軒しかないそうで、マルクに先導してもらって宿屋に馬とティリオンを預けた。リーフとレオンは小さくなれば宿屋に入っても良いらしい。


 宿屋の受付カウンターで、宿屋のオーナーであるおじさんに、食事の確認をされた。

「ここらだと、飲食店もそうないし、夕飯と朝食付きにすることをおすすめするけど、どうするかい?」

 そう言いながら、メニューボードを見せてくれた。

 今日のお夕飯は、野ウサギのシチューか、ブラッドカウのステーキの二択らしい。


「あら?随分のどかそうなところだけれど、ブラッドカウなんて出るの?」

 ブラッドカウとは、名前の通り、牛型の魔獣で、鋭いツノを持ち、なかなか気性も激しい。肉はとても美味しいのだが、町の人達が討伐したの?と疑問が沸く。

 私は、町の雰囲気と違って意外と物騒なのかしら?と不思議に思って尋ねてみた。

「いやいや、領内産ではあるんだけれどね」

 違う違うと手を振って否定して、入手に至った経緯を教えてくれる。

 なんでも、領地はずれの森に住んでいたブラッドカウがその近くの村近辺まで現れて困っている、と領民から連絡を受けて、ご領主様自ら討伐に赴き、解決してくださったのだそうだ。

 そして、良い食料になる素材は、領内で商いをしているものに回してくださった、と、そういうことらしい。


「とても行動力があって、領民思いのご領主様なのね」

 私は、そのご領主様の有り様にとても感動したので、素直に賞賛の言葉を口にした。

「そうなんだよ!王様も賢王と名高く、その王を支える敏腕公爵様だって、みんな褒めてるよ!自慢のご領主様だね!」

 オーナーを含め、みんなご領主様が大好きみたい。こういうのって素敵よね!

 結局、マルク、レティア、リィンは、ステーキとビア、私とアリエルはシチューを注文した。

 シチューの野ウサギは、町の狩人が狩ったものだそうで、淡白な肉が、ブラウンソースで柔らかく煮込まれていてほろりと口の中で解けて、とても美味しかった。

 パンは、お約束の平ペったいパンだ。

 久しぶりに食べるそのパンは、相変わらず美味しくは無いのだけれど、出されたものなので、きちんと頂いた。


 次の日は、宿のおまかせの朝食だった。

 新鮮な卵をシンプルに焼いたものと、ベーコン、アスパラガスも採れたてなんですって!

 宿屋の裏の畑で育てているらしくて、今が旬と、出してくれたそうだ。とっても美味しい!

 それに、お約束の平べったいパンね。


 朝食を食べたら、すぐ出発。何せ今回は目的地が遠いのだ。

 再び穀倉地帯の道を平和に進んでいく。


 結局、その領地を出るまでずっと、宿屋ではご領主様自慢をされてしまった。

 我が家は役職貴族だから領地持ちじゃない。だけど、陛下から領地を預かって治めるというのは、領民からの色んな相談事を解決しなければならないようだ。

 その手際もよく、領民思いの対処をなさっているなんて、凄い方もいらっしゃるんだなあ、と、敬意を抱くと共に、温かい気持ちになりながら、一行は進むのだった。

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