第146話 化粧水の有効成分は?

達人アデプト』になれなんて言われたけれど、日常はそう急には変わらない。

『読め、読め、そして考え、働け』それが錬金術師というもの。

 日々を実直に過ごすことが、結果に繋がるはずよ。


 お話は変わって。

「それにしても、肌がかさつくわね」

「そうなんですよぉ」

 ふと、自分の頬がかさついているのに気がついて呟くと、ちょうどそばにいたミィナが同意した。

「冬はどうしても、お肌がカサついちゃって。困っちゃいますよね」

 ぷう、と頬をふくらませながら、ミィナが自分の頬をさする。


「保湿成分のある化粧水を作りましょうか?」

 私がにこりと笑って、ミィナに提案する。

「本当ですか!困っていたので、作ってくださると嬉しいです!」


「じゃあ、後で調理室少し借りるわね」

 そう言って、ザルを持って畑へ行く。そして、咲きこぼれる『エルフの真珠草』の花をざるいっぱいに摘む。

 これ、陽のエルフの里で見つけて、使わずにすぎてしまったお花。確か、蒸留すれば保湿に優れたフローラルウォーターを作れるのだ。

 ちなみに、何故かエルフのアリエルの肌はこの環境下でもつやつやプリプリだったので、対象外である。意地悪ではなくて、彼女自身が辞退してきたのよ?


 お花をたくさん摘んで、調理室に戻る。

 なんで蒸留器を使わないのかって?

 だって、フラスコだと少しずつしか作れないのと、フラスコの入口は細いから、お花を入れるのも出すのも大変でしょう?だから、理論的には蒸留をするんだけれど、道具は『蒸し器』を使う。プリンとかを作るやつね。


 過去の錬金術師には、当然私のように女性もいて、そうするとやはり、美容方面に研究を深める人もいる。『フローラルウォーター』、薬効成分のあるお花やハーブなどを水と一緒に蒸留したもの。これは、そんな過去の女性錬金術師が見つけた、化粧水の作り方だ。


 蒸し器の底にお水をたっぷり入れる。そして、蒸し器の穴の空いたお皿を置き、その真ん中に三角フラスコを載せる。そして三角フラスコの周りにたっぷりのお花を散らす。

 そして、半円の取っ手がついていて、少し取っ手部分に向けて丸み(高さ)があるものがいいわ。その蒸し器の蓋を、『逆さ』にして蓋をする。蓋の上には、蒸気を冷やすために、たっぷり氷を載せる。

 これで準備は完了。


 レンジに火をつけて、中のお水を沸騰させる。

 すると、半刻ほど蒸発させ続けると、お花の芳香成分を含んだフローラルウォーターが、三角フラスコに溜まるって仕組みよ!


 冷めてから二つの可愛いガラス瓶に、私とミィナの分を分けて入れる。

 これで完了!簡単でしょう?


【エルフの真珠水】

 分類:化粧品

 品質:高品質

 レア:A

 詳細:上質な化粧水。保湿と肌の引き締めに優れている。

 気持ち:ぷりぷりほっぺにしてあげる!


 あとは……、さらに保湿や殺菌成分アップの蜂蜜を入れるとか、オイルとか、添加物は色々あるんだけれど、私たち十歳の肌だったらもう十分だと思うのよね。フローラルウォーターの中には、極微量のオイルも含まれるし。


 だから、仕事が終わって休憩しているミィナに、化粧水の入ったその瓶を手渡しに行った。

「ミィナ、保湿用の化粧水出来たわよ。はい、ミィナの分」

 そう言って、片方の瓶をミィナに差し出す。

「はわわ!可愛い瓶です!早速使ってみてもいいですか?」

 うずうずと見るからに使いたそうにしているミィナが目を輝かせている。

「どうぞ。私も一緒に使おうかしら。よく瓶を振ってから使ってね」

 二人で向かい合って腰を下ろし、瓶を振ってから、その蓋を開けて、一回分の化粧水を手のひらに載せる。

 そして、軽く両手になじませてから、優しく顔に押し当てていく。


「カサカサだったほっぺがモチってします!それにお花のいい匂い〜」

 そういうミィナのしっぽも嬉しさを表現するかのように、先端がくるくると揺れる。

「本当ね。手のひらがほっぺたに軽く張り付くみたいだわ」

 私もその効果にびっくりする。


「これ、他の人も使えるようになったら良いですねえ。冬場ってみなさん困ってそうじゃないですか?」

「そう言われればそうよね」

『エルフの真珠草』は私の畑限定で繁殖可能のような気はするけれど……。確か、バラにも保湿や収斂作用があったような気がする。ちょっと植物図鑑で調べて……、『みんなに』と言うなら、カチュアの出番ね。


 早速私はカチュアに手紙をしたため、今度アトリエに来る時に、化粧水の商品化について相談したいことと、材料にドライフラワーをいくつか持ってきて欲しいとお願いした。


 そして、数日後。

『化粧水の商品化』に反応したカチュアの行動は早かった。

『商業ギルド長の娘』で自らも商会を運営している身。頼んでおいた美容効果のあるドライフラワーもしっかり確保してきてくれた。あ、ドライフラワーなのは、今が冬だから、普通では生花は手に入らないのよね。


 そして、調理場の蒸し器を使って、この間の蒸留工程を持ってきたお花の分、カチュアに見せる。そして、出来上がったバラのフローラルウォーターを使ってみてもらう。

「これは香りもいいし、しっとりするわ!これだったら、鍋を大きくすれば一度に沢山作れそうだし……、いえ、専用の蒸留器を作っても良さそうね!」

「沢山作るなら、おそらく精油もそれなりの量を採取できるだろうから、精油は別に採取できる作りにしてもいいわね」

 精油は精油で別の使い道がある。というか、こちらの方が採取量は少なく希少品だ。

「デイジー!素敵なアイディアをありがとう!早速、精油とフローラルウォーターを別に採取できるような蒸留器を、技師に試作させるわ!」

 アイディア料は後日、ということにしつつも、私は、実家にいるお母様とお姉様の分のフローラルウォーターを今日作った分から分けてもらった。

 あとは、自家製でフローラルウォーターが作れたら楽しいから、蒸留器が出来たら一個は買わせて欲しいとお願いしたのだった。


 そしてさらに数日後。

「デイジー様ぁ。先日頂いた化粧水で、全体のお肌は調子が良いのですが、どうしても唇が荒れがちで……」

 可愛いしっぽもしゅんっと下がってしまっている。

 そんな相談を受けた。


 ……そういえば、実家にいる頃に、ポーションを漉した後の布で、ケイトのあかぎれを良く治していたわよね。結局唇の荒れも、あかぎれも、肌荒れよね?

 そう思って、保管庫からポーション瓶を持ってきて蓋を開けて、ほんのちょこっとを皿の上にこぼし、それに私の人差し指を浸した。

「ちょっと唇を閉じて、力を抜いていてね」

 そう言って、私の濡れた指先を、トントン、とミィナの唇に少しずつ乗せていく。

 すると、かさかさとささくれていたミィナの唇が綺麗なツヤを取り戻していく。

「……やっぱりね」

 ミィナは、そんな私をよそに、ポーションを使わせてしまったことに大慌てして、はわわわと騒いでいる。

「ねえ、ミィナ」

「はっ、はい!」

「ポーションで唇の荒れが治ったわ。ということは、普段の化粧水に、少しポーションを混ぜたら……」

「肌荒れや……、敏感肌や、ニキビで悩む子はそれも治るかもしれません!」

 そうよね!と二人で両手でハイタッチをする。


 うちのポーションは二倍効果のポーションだから、化粧水にはほんの少し入れればいいはず。あまり濃くして常用するものでもないしね。そういう訳で、試作品を作る。

 そして、私たち二人と、パン工房の常連の女性で肌の悩みを持つ人に、テスターになって貰って、『ポーション入り化粧水』の効能を試してみた。結果は皆さん上々。敏感肌の人用のベースになる花には気を使う必要があって、人それぞれ調整の必要はありそうだけれど。


 結局、カチュアがフローラルウォーター大量生産化に成功し、王都の女性たちのスキンケアが流行した。その中で、うちのアトリエでは『ポーション入り』薬用化粧水をこっそり取り扱うようになったのだった。

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