第134話 弟子①

 ルックが、私の弟子となることに決まり、王都に連れて帰ることになった。

 だが、連れて帰る前に、彼の住まいである元アトリエの状態を知っておきたかった。その状態によっては、町に返す時に、必要な器材の支援もしてあげなければならないからだ。

 ああ、あとは、彼が帰るまでに、薬草畑にするための土地も確保しておいてもらわなければならないだろう。


 まずは、さっきまでの会話の流れで、町長さんにお願いしてしまおう。

「町長さん。ルックを預かる代わりに、町長さんには一つお願い事があるんです」

「はい、出来ることであれば、なんでも承りましょう!」

 貴族に不遇職と言われて忌避されている錬金術師といえども、こういう町ではむしろ貴重な人材だ。それを無償で育ててくれるのだ。協力は惜しまないという姿勢を見せてくれる。

「私は、まず、薬草畑を作ることを教えそれを彼に実践させるつもりです。そうすることで、質の良い薬草を安定して入手ができるようになるからです」

「薬草畑、ですか」

 聞きなれない言葉に、町長は最初は首を捻ったものの、その必要性の説明に至ると、「なるほど」と言って頷いた。

「実は、ルックの父親と母親は、自ら薬草採取に出かけて行方不明になり……、命を落としました。薬草畑、それがあれば、そんな不幸もなくなりますな」

「父ちゃんたちにも、そういう発想があったらな……」

 町長もルックも、当時のことを思い出したのか、ゆっくりと、呟く。

「そういう訳で、ルックが勉学を終えて戻るまでに、薬草畑とする土地の確保をお約束願いたいのです」

 そう、私が告げると、町長は快諾してくれた。


 あとは、アトリエの現状のチェックね。そう思って、「じゃあ、アトリエを見に行きましょうか……」と私がいいかけ、皆が腰を上げた時に、お茶を用意してくれた女の子がルックに駆け寄った。

「ルック!」

「リナ!」

 ルックが、驚いたように彼女の肩を持って受け止める。

「ルック……戻って、絶対戻ってくるよね!約束、忘れてないよね!」

 ん。やっぱりそういう関係?あれ、私より年下よね?

「俺はリナのいるこの町が大事なんだ。俺はリナのもとに絶対帰ってくる」

 そう言って、二人は見つめ合う。町長さんは知っている事だったのか、何も言わずに見守っている。


「……おアツいね〜♪」

 リィンが茶化すように言うと、二人の世界に入っていた二人は、はっと気が付き、恋する少年少女は揃ってゆでダコのようになっていた。


 そしてようやく本題の彼の自宅へ行く。

 傾いて久しいだろう『錬金工房』と書かれた看板は、ホコリを被り、その下にある扉を開けて、中に入る。

 そして、家財を覆う布を取り去ると、酷い埃が舞うと共に、埃から守られた錬金術の器財たちが姿を現す。

「蒸留器に、ビーカー、乳鉢に、加熱器……うん、大丈夫そうね」

 サッと鑑定で見る限り、壊れているものもない。このまま今までどおり大切に保管しておけば、彼が帰った時に役に立つだろう。


「ルック、私たちは今晩この町の宿で一泊していくわ。明日の朝出発できるように、必要な準備はできるかしら?」

 結局町長さんの家からずっと着いてきているリナのことも、ちらっと見てから、ルックに視線を戻し、『大切な人との別れも含むのだ』ということを示唆する。

「……わかった」

 ルックは、リナの手をぎゅっと握り、しんみりと頷いた。


 そして一夜が明ける。

 出発の時がやってくる。

 ルックがリュックサックにまとめた荷物は少ない。彼は、レティアの前に乗せてもらうことになり、荷物も彼女のマジックバッグの中にしまってもらった。

 そこへ、リナが別れの挨拶にやってくる。

 ルックとリナが歩み寄る。

 リナは、自らの首にかけている銀色のペンダントを外し、まだ彼女の温もりの残るそれを、ルックの首にかける。

「これ、お守り。持って行って。そして、無事に帰ってきて、私に返してよね!」

 そう言って笑うと、「しっかり勉強してきてよね!」と言って、ドンとルックの胸を叩く。

「……ありがとう。行ってくる」

 そう言うと、ルックは踵を返して、レティアのもとへ行き、手で引っ張りあげてもらって馬に乗る。


 町の人達に手を振って、別れを告げる。そして、一行は王都へと向かう街道にそって走り出す。

 しばらく道は真っ直ぐで、振り返っても振り返っても町はどんどん遠ざかって小さくなっていくだけで。

 見送りの人達がひとり、またひとりと減っていく中、リナは、ずっとずっと最後まで街の入口で立っていた。

 互いの姿が見えなくなるまで、ルックとリナは、手を振り続けていた。


 本当は、馬に乗ったひとりが何度も後ろを振り返るのは、レティアからしたら不安定この上ないのだが、少年と少女のしばしの別れに、それを注意することはしなかった。

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