第124話 リリーの納品、そして
今日は国へのポーション納品日。
家族会議で決めたとおり、リリーが制作したポーションを持って、お父様と私、リリーの三人で馬車に乗って城へ向かっていた。
「れいぎさほう、ちゃんとごあいさつできるかしら……」
リリーは、元々はただの一騎士の娘だったから、国王陛下に会ったこともない。むしろ、城に行くのは初めてだそうで、とても不安がっている。
そんなリリーの手を、キュッと握ってあげる。
「何かわからないことがあったら、ひとまず、私の真似をすれば大丈夫よ」
そう、隣合って座るリリーに教えると、少し落ち着いたように、にっこり笑って頷いた。
そして、城について、いつもの納品の部屋ではなく、陛下もいらっしゃるので、やや奥まった部屋に案内された。
部屋では、鑑定士のハインリヒ、軍務卿、騎士団長、魔法師団長、お父様と私、リリーが国王陛下がいらっしゃるのを待つ。
軍務卿はリリーのことは知らないようだ。
「ヘンリー、お前のところはデイジー嬢が末娘ではなかったか?もう一人のその子は誰だ?」
その言葉に、騎士団長が苦い顔をする。そして、彼はお父様と目配せをする。
どうやら、騎士団長が説明は自ら、と腹を括ったらしい。
「私の愚弟、騎士を拝命しておりますガメルが、今年の秋の洗礼式で、娘が『錬金術師』の職を受けたことに憤り、その場に娘……リリーを置いて帰ろうとしたところを、ちょうど運良くその場に居合わせたデイジー嬢に保護していただきました」
軍務卿は「ふむ」と頷き、続けよ、と促す。
「は。私とプレスラリア子爵で、リリーの今後の身の振り方を相談しましたところ、リリーは、父ガメルを思い出す顔立ちの私の元へ養女にくるのはいやだと……。そのため、プレスラリア子爵の末娘として養女にしていただいたのです」
そこで、私は軽くリリーの背を叩いて、ご挨拶をするように促した。
「プレスラリアししゃくけ、さんじょ、リリー・フォン・プレスラリアともうします」
と、やや足を震わせながらカーテシーをした。
その年相応にたどたどしいカーテシーに、軍務卿が顔を緩める。
「上手に出来たね、リリー。今のお家は、君を大切にしてくれるかい?」
「はい!デイジーおねえさまには『れんきんじゅつ』を、おにいさまとダリアおねえさまは、まほうもおしえてくださいます。とってもたのしいです!」
「魔法?」
そう騎士団長が首をひねった時、ちょうど国王陛下と宰相閣下、それと陛下の侍従長が部屋にやってきた。
「待たせたね。今日は、デイジー嬢とマーカス君以外に納品物の製作者が増えたから、挨拶にとの事だったね」
「はい」
と、陛下の言葉に返事をしてお父様が頭を下げる。
「では、ハインリヒ、鑑定を」
「はっ」
軍務卿の言葉に、ハインリヒが鑑定をはじめる。
そこへ、部屋の外の廊下が騒がしくなり、入口を守る兵士と誰かが揉める声がした。
「扉を抑えておけ、で、ハインリヒ、結果は!」
「はっ、性能はいつもの通常品の二倍、製作者はリリー嬢です!」
と、部屋の中のみながその結果に驚いたその時、バアン!と外からの馬鹿力に負けて、扉が開いた。
そこに居たのは、騎士団長の弟、ガメルだった。
「製作者が、リリー……だと?」
彼の姿を認めると、リリーは私のドレスの影にサッと身を隠す。
「ガメル!陛下の御前だ!何を許しもなく入室している!」
騎士団長は度重なる弟の愚行に顔を真っ赤にして怒鳴りつける。
「そなたが、騎士団長の弟で、洗礼式で子を捨てたというものか。念書に署名したから名は覚えているぞ。確か、ガメル・フォン・ヴォイルシュだったか」
陛下は冷たい目でちらりとガメルを一瞥する。そして、軍務卿に問いかけた。
「軍務卿、これらの品は週一回の納品で、一回幾らだったかな」
「百七十万リーレにございます」
軍務卿は頭を下げて陛下に回答した。
ガメルの顔が青ざめ、体がガタガタと震える。
「返せ……、娘を返せええ!」
そう言って、私とリリーに向かって駆け出そうとした、が。
「
リリーが私のドレスのスカートの隅から手を差し出し、ガメルに向かって魔法を放った。
その瞬間、ガメルの体が不意打ちの三割増の自重に負けてガクッと崩れ落ちる。
「……な、重力魔法、だと」
「おにいさまに、へんなひとにつかまりそうになったら、つかいなさいって、おそわりました。あなたはわたしを、つかまえようと、したでしょう?」
重力に押しつぶされながら驚愕に言葉が震えるガメルに対して、リリーが当然と言った様子で告げる。
そのリリーの言葉に、陛下がぷッと笑いを漏らす。
「……変な人、か」
笑いが止まらない陛下に、宰相閣下が咳払いをして陛下を諌めようとする。
「それにしても、ごほんもおよみじゃないのかしら?『かえせって?そんなのいまさらもうおそい』っていうのをごぞんじないのですか?」
陛下を含めた何人かが、そのリリーの言葉にブーッと噴き出す。
「リ、リリー嬢。その言葉はどこで習ったのかな?」
陛下が笑いで目尻に涙を浮かべながら尋ねる。
「じじょのもっていた、かしほんです。なんでも、さいきんのはやりなのだそうです」
……侍女!最近リリーが変なことを言い出したのは、きっとケイトのせいね!
「陛下、私ども兄弟は、退室させていただいてもよろしいでしょうか。今から、徹底的に体でわかるように弟を教育し直したく……」
崩れ落ちているガメルの首根っこを掴んで、騎士団長が陛下に許可を求める。その顔は、恥を受けさせられ続けたことに対する弟への怒りで真っ赤で、しかもヒクヒクと痙攣している。
「ああ、よいよい。徹底的に語り合ってくるがいい」
「そのままじゃ、おもたいわ。
陛下が許可を出すと、リリーがかけた重力を解除する。
そして、ガメルはズルズルと兄に引きずられて退場した。
ちなみに後日聞いた話だが、ガメルは騎士団長にボロボロになるまでしごかれてはポーションをかけて回復させられ、再度ボロボロになるまで……という制裁を延々と繰り返されたらしい。なんだかいっそ単純に騎士剥奪とかの方が楽だったんじゃないかと、思わず同情しそうになった。
「ふう。なかなか面白かったな。それにあんな俗な本のセリフでも、幼子が言うと嫌味にもならないもんなんだね。いや、可愛らしい」
「陛下!」
宰相閣下が陛下をたしなめる。
「いや、真面目な話、今回の話はまず教会へ連絡して、子を捨てることがいかに愚かな行為であるかを伝える内容にして、礼拝時の説話とするよう伝えよ。それから、作家と絵本作家にも、この話を書かせ、世に教訓として広めよ」
「なるほど。下手に法律で縛るよりも、効果があるやもしれませんな!」
国としても、職業を理由とした捨て子には頭を悩ませていたところだ。名は伏せるにしても、実際にあった話として広まれば、子を捨てようと早まるものも減るだろうとのお考えらしい。
「そして、リリー嬢、僅かな間に、プレスラリア家の娘としてよく勉強したね。とても立派な事だよ。私は、君の将来を楽しみにしているからね。親の教えに従い、お兄さんやお姉さん達と仲良く、これからも励みなさい」
そう言って、陛下はリリーの頭を撫でられた。
「……はい!」
この国の一番上にいる方に認めていただけて、そして『プレスラリア家の娘』と明言していただけて、リリーの頬は紅潮していた。
そして、陛下は次に私の前にいらっしゃって立ち止まる。
「デイジー。まずは、家を放逐された子を哀れに思い、迷わず保護したその優しき心、私はとても美しいと思う」
今日は、リリーを褒めて頂こうとだけ思って計画したものだったので、私に話題が降ってきて驚いた。慌てて、「滅相もございません」と陛下に礼をする。
「それにな。私はこの国の錬金術の技術が遅れていることを憂いている。そなた自身も素晴らしい技術を持っており、さらなる可能性を秘めているが、それにとどまらず、マーカスやリリー嬢といった、新たな優れた錬金術師を見出し、育ててもいる。まだ齢十歳にすぎないと言うのにな」
あまりにお褒めの言葉が続くので、私は頭をあげるタイミングを失ってしまう。
そして、陛下のお言葉はまだ続く。
「以前我が王家は『入手困難』と言われていた『強力解毒ポーション』をそなたが作ってくれたおかげで、世継ぎの命を救ってもらった。そして妃もそなたのおかげで長年の悩みから解放され懐妊中だ。まだ幼いが、そなたの能力と功績を公にするのも良い頃合だろう」
宰相閣下はその意図を汲み取り、頷かれている。
「余、ヒルデンブルグ国王、エルフリート・フォン・ザルデンブルグは、デイジー・フォン・プレスラリアを、準男爵に叙する」
……え?
一瞬頭が真っ白になる。
お父様も含め、周りは驚きと祝福の声に湧き上がる。
私は、驚きがすぎて、そのお言葉に返す対応をするのが一瞬遅れてしまった。
私は、気を取り直して、胸に手を当て、立位で陛下のお言葉に答えた。
「我が力は、陛下のため、国のため、そして、ザルデンブルグの民のために!」
咄嗟に思い出した宣誓の言葉。
緊張で宣誓の声が震えそう。
私自身が、しかも女の身で、叙爵されるだなんて!
「ああ、デイジー。緊張する必要は無いし、そなたの生き方を変える必要も無い。その心の赴くままに自由に生きよ。それが国のためとなろう。そして、錬金術師の技術と地位を上げることになるだろう。宰相、正式な手続きについては、そなたに任せる」
「はっ」
宰相閣下が、陛下に頭を垂れた。
こうして、私は、領地を持たない準男爵位を与えられた。まあ、国から年金をいただける以外に、別に住まいもアトリエ経営も何も変えなくても良いらしい。領地については、まだ与えても煩わしいだけだろうというご配慮だそうで、錬金術の発展のために土地が必要になったら、迷わず相談するようにとのお言葉までいただけたのだ。
その日は、アトリエのみなを呼び、アナさんやリィンにドラグさん、マルクにレティアといったお世話になった人達も実家に招き、自宅で内輪のお祝いをしてもらった。
幼い頃から私に尽くしてくれたケイトは涙を流して喜んでくれた。
お兄様もお姉様も、兄妹の中で一番に出世した私に大興奮。我が事のように喜んでくれている。
そして、お父様とお母様は、あの洗礼式の日を思い出して、感慨深げだ。
「『錬金術師』に決まってしまって、大泣きしていた、あのデイジーがね」
「わたしのおねえさますごい!わたしも、おねえさまみたいな『れんきんじゅつし』になりたいわ!」
リリーは、私に自分の将来の憧れを見ているようだ。
そうそう、リリーは、その後一人で夜も眠れるようになり、おねしょの回数も減り、やがてすることもなくなった。
年相応の子供っぽさは見せるが、おかしなはしゃぎ方も減ってくるのだった。
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