第119話 家族会議
とある安息日、リリーの、魔力コントロールの練習具合を見に、実家に帰ることにした。というか、リリーが来てからは、実家に帰ることが増えたような気がする。
リリーの存在は、リリーを保護して養育するという目的だけでなく、私たち家族にとっては家族の絆を再確認し、リリーという末の子を加えて再結束するための良い機会を与えてくれたのかもしれない。
「ただいま帰りました」
そんなことを考えながら、実家の玄関口で挨拶すると、セバスチャンが迎えてくれた。
「これは、デイジー様。リリー様が喜ばれますな」
セバスチャンは、その姿が目に浮かぶといったように、目を細める。使用人の中ではかなり年配であるセバスチャンからしたら、私達三兄妹も孫のようなものだろうが、新たに加わった小さなリリーは、また可愛らしくてならないのだろう。何となく、その表情から、彼の気持ちが察せられた。
「これは、お土産ね。ミィナ特製の洋梨のパイだから、おやつの時にでも出してあげて」
そう言って、セバスチャンにパイの入ったカゴを渡す。
「リリー様は、ダリア様とご一緒に、居間で魔力操作のお勉強をなさっていますよ」
そう教えて貰って、私は居間へ向かう。
居間に行くと、季節柄、部屋の中へと移動されたテラス席で、秋バラを眺めながらお茶をしているお母様がいたので、先に挨拶をする。
「こんにちは。お母様」
「あら、デイジー。アトリエの方は順調に行っているの?」
「お陰様で順調です。軍との取引も相変わらず続けていただいてますから」
空いた席に腰かけるよう促しながら、アトリエの心配をしてくださる。
示された椅子に腰を下ろすと、そばに控えていたエリーが私にも紅茶を用意してくれる。
「ありがとう、エリー」
礼を言うと、エリーはにこりと笑って一礼をしてくれる。
「ところで、リリーの様子はどうですか?」
「相変わらず夜寝るのは誰かと一緒ね。……前の家では、そもそもいつも侍女一人だけが一緒で、親との時間はなかったようなのよね。その反動なのかしらね。今はちょっと、無理にはしゃぎすぎな感じはあるわ。褒めてもらいたくて、構ってもらいたくて仕方が無いようなのよね」
「きっと、家族に構ってもらえるのが嬉しくて仕方ないんでしょうね」
広い居間の中の反対端で、リリーはお姉様と特訓中だ。お姉様の言葉に真剣に頷きながら、一生懸命にやるその様子は微笑ましい。その様子を遠目に眺めながら、今までの彼女の寂しさを想像してしまう。
「あとはそうねえ……」
「おねしょ、ですかね……」
ふう、とため息をついてお母様とエリーが呟く。
「大体、四歳くらいで遅いお子様でも終わるものですから……。リリー様の場合は、それが少しばかり遅いかと……」
「怖い夢を見たと言って、してしまうのよ」
叱れないでしょう?と首を傾げて私に同意を求めるように説明してくれた。
まあ、怖い夢の内容は……想像つくわよね。それに、経験そのものを繰り返す訳ではなくても、違う形で恐怖心が夢として現れているのかもしれないし……。
……どうしたらいいのかなあ。
そう思って、カップの紅茶を飲むと、お母様から相談を受けたのだ。
「リリーに、『自信』を持たせることは出来ないかしら?」
ん?と思った。だって、あの子はかなりの才能のある子のはずよ?
お母様にそれを告げた。
「でもね、あの子は実の両親に自分の存在意義を否定されてしまったのよ。その傷はおそらく深いわ。だから、彼女にその思い込みを覆すきっかけを与えてあげたいの」
……なるほど。
「お母様は、リリーが、家族に愛されるだけでなく、公に『素晴らしい存在である』ということを実感出来る体験を与えてあげたいと……」
私が、カチャリ、とカップをソーサーに置きながら視線をお母様に向けると、お母様は深く頷かれた。リリーがそれで自信を持つことが出来たら、もう少し落ち着くのではないかと、お母様は思っているのだそうだ。
……そういえば、国に納品している基本の三ポーションは、リリーはあと、ハイポーションさえ作れたら、『彼女が全て作りました』と納品時にご報告できるはずよね。
お父様が帰ってきてから、お父様の執務室のソファでお母様を交えて再びその相談をすることにした。
「なるほどね。納品物の中でも最も貴重な『ハイポーション』を作れるようになったら、納品時に一緒に連れて行って『製作者』としてのご挨拶をさせていただくと」
私からの提案にお父様が頷く。
「陛下も、ご署名くださる時にあの子のことはお心を痛めてらっしゃったから、ご安心いただくにも丁度いいかもしれないね。ああ、騎士団長がいたら、安心する反面、悔しがるだろうな」
お父様がくっくと笑う。
騎士団長からしたら、弟の愚策のおかげで家の恥を晒すわ、金の卵(?)を他家に譲ってしまうわで、踏んだり蹴ったりだろう。ハイポーションといえば、一瓶あたり大銀貨一枚、十万リーレもする。親がきちんと導いて育てれば、それを作ることが出来る逸材だったのに、自ら手放したことになる。
「うちとしては、リリーが心から健やかになって、おねしょが治る可能性があると言うなら、ちょっと調整してみるよ」
お父様もリリーのおねしょ被害者。答えは早かった。いや、もちろん父親として心配だからなのよ?
そして、私は、リリーにハイポーションの作り方を教えることになった。
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