第111話 秋の洗礼式での出会い①

 今日は秋の洗礼式の日。

 マーカスが今日は調剤に時間がかかり、代わりに私が王城へ配達をしに行ったのだが、ちょうどその帰り道に教会があるのだ。そして、珍しい教会の人混みの状態を見て、今日が洗礼式の日だと思い出した。


 私は春生まれだったので、春の洗礼式で五歳の洗礼を受けたけれど、今日は秋の洗礼式。秋〜冬の間に生まれた五歳になる子供が洗礼を受ける日だったらしい。

 春の洗礼式とは違って、イチョウが並木道を彩り、秋晴れの青い空に鮮やかにその枝を伸ばしている。

 そして、あの日の私とおなじく、子供たちは自分の将来を夢に描いてワクワクとした面持ちで自分の順番が来るのを両親と一緒に待っているのだ。


 ……あの日、『魔導師』になる気満々で来たのに、『錬金術師』の職を頂いて、ここで泣いたのよね。


 あの日のことが懐かしくなってしまって、つい、思い出に浸り、足が止まってしまった。

 陽射しは暖かく優しいが、時折乾いた秋の風が私の体を撫でていく。なんだかあの頃の思い出が蘇ってきてしまって、私はそこに立ち尽くしていた。そんな私に、お供のリーフは寄り添って付き合ってくれる。


 ……少し感傷にふけりすぎていたかしら。


 そう思って、帰ろうとした矢先の事だった。

 まだ幼い女の子の泣き声がした。

「『錬金術師』だと!この役立たずが!うちは武家の家だと教えてきただろう!このヴォイルシュ家の恥さらしが!」

 そして、その少女を罵倒する男性の声。

「これじゃあ、嫁入りで家を盛り立てることもできませんわね」

 溜息をつきながら地面にしゃがみこんで泣いている少女を見下ろす女性。

 そして両親と思われる男女は顔を見合わせて頷いた。

「お前は要らん!ヴォイルシュ家の家系図からも外す!孤児院なりどこへでも行くがいい!」

 そう言って、男女が子供を置いていこうとする。


 ……ちょっと、さすがにこれはないでしょ!


 カッとして、その男女の前に立って両手を広げて引き止める。

「酷いじゃない!あなたたちの子供でしょう!職業が『錬金術師』だからって捨てようっていうの?」

 私は、その二人を睨みつけた。こんな小さな子に、我が子になんて酷いことするのよ!

 もし家格がかなり上の家だったら問題になってしまうかもしれない……。分かってはいたが、どうしても止まらなかった。あの日の自分にこの子が重なって見えたから。

「……おねえちゃん……」

 私の大声に気づいた少女が涙でぐしゃぐしゃになった顔で私を見上げる。

「いらないんだよ!錬金術師なんか。我が武力を誇るヴォイルシュ家には不要だ!娘風情が私の足を止めるなんて生意気だ!」

 ドン!と男性に突き飛ばされて、私は、泣いていた女の子の横に尻もちを着いてしまう。

 そして、彼らは馬車に乗って教会から立ち去ってしまった。


「おとうさまぁ!おかあさまぁ!え、わたしいらない子だから、……すて、られたの?」

 馬車が走り去る後ろ姿を呆然と見送りながら、少女が呟く。

 その言葉が、まるで、あの時部屋に閉じこもってしまった時の私のようで。

 私は思わずその子に腕を伸ばして、体を引き寄せて、ぎゅっと抱きしめた。

「……いらなくなんかない!いらなくなんてないわ!」

 でも、私の腕の中の少女の体はショックで硬いままだ。

「『錬金術師』というのは、神様があなたにぴったりだと思ってくださった職業よ!あなたはいらない子なんかじゃないわ!」

 あの日、お父様が私に言ってくださった言葉をこの子に伝える。


 すると、リーフが私たちの間に割り込んできて、少女の涙で濡れた顔を、その大きな舌でベロンと舐める。

「きゃっ!……おおきな、わんちゃん」

 目をぱちぱちさせて、その子はリーフをまじまじと見る。

「この子はリーフって言うのよ。私はデイジーって言うの。あなたのお名前を教えてくれる?」

 涙を舐めとるリーフの暖かい舌に、少し表情の緩んだその子がぽつりと呟いた。

「……リリー・フォン・ヴォイルシュ……でした」

 名を名乗ろうとして、もはや家名がないことを思い出したのか、また表情が暗くなってしまった。


 そんな時、騒ぎを聞きつけた教会のシスターがやって来た。

「……家を追放された子がいると聞いてきたのですが……」

 気遣わしげに、まだ、地面に座り込んでいる私たちに声をかけてきた。

「はい、この子は、リリー・フォン・ヴォイルシュという貴族のお嬢さんのようなのですが、『錬金術師』の職を頂いたのがご両親の気に障ったようで……」

 そう伝えると、「そうですか……」と悲しそうな顔でそう言って、私たち二人に手を差し伸べて、立ち上がるのを手伝ってくれた。

「中で、詳しくお話しましょう。ここは少し冷えますからね」

 そうして、私とリリーは、教会の談話室に案内されたのだった。


「リリー様のような場合、元が貴族のお育ちですから、出来れば身元を引き受けてくださる縁戚の方や、血縁はなくとも縁のある貴族の方に養女にしていただくのが良いのですが……。孤児院も門戸は開いてはおりますが、以前のような生活までは保証できないのです。……実際には孤児院は経済的にも厳しく、子供たちにも不便を強いておりますので……」

 確かに、家名を奪われ平民の子として孤児院にいきなり放り込まれるのは辛いわよね……。

 ちら、と横を見て隣に座るリリーの顔色を見ると、やはり下を向いて沈んだ顔をしている。

 ……本当は勝手なことしちゃいけないんだけれど……。

 それと、『ヴォイルシュ』という家名に聞き覚えがあるのよね。


「ねえ、リリー。貴女が嫌じゃなかったらなんだけれど、私の実家で少しゆっくりしたらどうかしら。縁戚の方を探したり、身の振り方も一緒に考えるわ。私は、デイジー・フォン・プレスラリア。子爵家の娘で、錬金術師をしているのよ」

「……れんきんじゅつし……。おねえさんは、わたしとおなじ『れんきんじゅつし』なんですね」

 うん、とにっこり笑って見せて、リリーの頭を撫でる。

「同じ職業をいただいたんだもの。なにかお手伝いが出来るかもしれないわ」

 そこへ、シスターが口を挟んできた。

「……プレスラリア家と言いますと、あの賢者様と聖女様の?」

「はい、妹です。父はヘンリー・フォン・プレスラリアと言いまして、魔道士団の副魔導師長をしております」

 私の身元が本当であれば、シスターとしては、リリーの保護をお願いしたいようだった。勝手に娘の私が決めることは出来ないので、シスターとリリーを伴って、馬車で実家に行くことにした。

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