第101話 アゾットロッド

 決闘騒動で、アリエルがまだアトリエではなく実家の客人だった頃、私は先にアトリエに帰って来ていた。そして、先日の採取遠征の時のおしゃべりで提案した、『魔法の杖型ポーション射出機』が却下されたので、私は次の案を考えていた。どうしてもあの『ポーション瓶を開ける作業』を排除したいのだ。


 ……だってやっぱり面倒臭いんだもん。


 回復される側には些細なことなのかもしれないけれど、何度もポーション瓶の蓋を開ける身にもなって欲しいのよね。地味に疲れるし。それに、『面倒臭い』から新たな発明が生まれるのよ!


 まず言われたのはこうよね。

『使い切ったらどうするのか』

 うーん、そうねえ。だったら使い切れないくらい入れられるようにする!いっそ、お金はかかるけどポーションを格納する部分にはマジックバッグ仕様にしてもらえばいいんじゃないかしら?一回の旅が長引いても問題がないくらいの容量にしてもらって、かつ、重さは体感がないようにしてもらう。そうそう、ポーションが傷まないように中身の時間経過停止も必須条件ね!


 次に言われたのは、中身の液体が揺れた時の重さの負担の事だったけれど、これは、既に考慮済み。重さは感じない設定にしてもらうからクリア済み。


 多分、こんな構造かなあ。ポーションの一回量分を貯めておく空間を作ってもらって、そこに、未使用時にはポーションを貯めておく。そして、レバーかスイッチを押すと、それを引き金にしてポーションの射出口から貯めておいた一回分のポーションが飛び出すって訳。ポーションが出たら傷口に当たるように魔法で水の動きを制御すればいいわけよね。魔力で補えば飛距離も伸ばせるはずだわ。


 形はやっぱり魔導師の杖のような形。魔法使いのロッドだと、先端に魔力増幅する宝石なんかがついているけれど、その宝石の代わりに、複数のポーションを分けて入れられるように区切った、割れないように強化したガラス素材のポーション容器がついている。どのポーションかが判別できるように、ポーション毎にスイッチは色が違う宝石だと可愛いわね!

 で、ポーションとハイポーション、それに、マナポーションも口を開けてもらって直接飲ませてあげられたらアリエルなんかは楽ができるかしら?ということで、三種類かな!


 うん、完璧!


 リィンに相談に行こう!ここまでちゃんと考えておけば、今度はちゃんと相談に乗ってくれるわよね。

「ちょっと、リィンの鍛治工房に行ってくるわね!」

 ミィナとマーカスに声をかけてから、アトリエをあとにする。お供には大きな姿のリーフ。体力つけたいから、また歩いていくわよ!


 リィンとお祖父さんのドラグさんの工房について、その扉を叩く。

「こんにちは、錬金術師のデイジーですけど、リィンはいますか?」

 すると、ドアがヒョイと開いて、リィンが姿を現した。

「よっ!うちに用事?」

 ニコッと笑って首を傾げる。

「うん、例の、ポーションを射出する道具についてもう一度相談したくて」

 という私の用件を聞くと、今度は微妙な表情に変わった。

「え〜、あれは、非効率的だからなしってことになったんじゃなかったっけ?」


 すると、もう一人中から男性の声がした。

「コラコラ、リィン。お客様の話をそんなふうにいい加減に聞くんじゃないよ。デイジーさん、店の中へ入っておいで」

「ハイハイ、わかりましたよ、じーちゃん」

 ひょいっと肩を竦めて、リィンは大きく扉を開けて私を招き入れて、お祖父さんの座っているテーブル席の空席に私を案内した。

 リーフも一緒に店内に入ってきて、中にいたレオンとお鼻で挨拶をする。そして、お互いにおしりの匂いを確認するようにクルクル回っている。


「ドラグさん、はじめまして。リィンにはいつもお世話になってます。錬金術師のデイジーと申します」

 そう言って私は、ドラグさんにぺこりと頭を下げる。リィンとは付き合いが長いのに、意外とドラグさんとは初対面なのよね。

「こっちこそ、リィンがいつも世話になっているね。話は色々聞いているよ。で、今日はどんな相談で来たんだい?」

 リィンのお祖父さんは、いかにもドワーフといったがっしり体型に、真っ白な短めの髪の毛と豊かな髭という容貌をしている。


 店に来る前に構想した、『ポーション射出機』の構造を二人に説明した。すると、意外にも興味を持ったのはお祖父さんの方だった。

「おやおや、お嬢ちゃんは面白いことを考えつくね!アナが『面白い弟子をとった』と自慢しとったのもわかる気がするわい!」

 うんうん、と頷きながら、テーブルに置いてあった設計用の紙とペンを手元に引き寄せ、早速図面を起こしだしている。そして、お祖父さんはどんどん自分の世界に入っていく。

「そうだね、中に入れるのがポーションなら、ガラスはいいとして金具には腐食性のある金属は素材に使えないね……とすると軽さと丈夫さを考えてミスリル製がいいかな。この、『トリガーを引いて貯めておいたポーションを出す』って仕組みの構造に使うバネやらも、ポーションを清潔に保つことを考えたらミスリルかね」

 ふむふむ、と、一人で頷きながら図面に色々と書き加えている。その姿はイキイキとしてとても楽しそうだ。

「こういう、技工士的なのが好きなんだよね、うちのじいちゃん。結構色んな細工物の個人オーダーが多くて、普段はなかなか捕まらないんだけど、今日はラッキーだったな!」

 なるほど、いつ来ても不在だったのは人気技師で忙しいからだったというわけらしい。


「さてとデイジーさん。ひとまずオーダーは伺ったね。数週間作成期間をいただくと思うが大丈夫かね?」

「もちろんです!よろしくお願いします!」

 そして私はご機嫌でアトリエへと帰ったのだった。


 ◆


 数週間後、出来上がった『アゾットロッド』(ドラグさん命名)がリィンによってアトリエに届けられた。アゾットロッドの名前の由来はアゾット剣。太古の昔に、アゾット剣に仕込んだポーションで人々を癒して歩いたという伝説の錬金術師が持っていた、その剣の名前を取り入れたのだそうだ。

 魔導師が持つ杖の先端の宝石のかわりには、上から見ると六角形に見える三つに区切られたガラス瓶。それは、射出口となる先端が尖り、六つの面を持った縦長。そして、下に行くにつれて少し細くシェイプされた宝石のよう。ポーション、ハイポーション、強力マナポーションを充填すると、微妙な色合いの違いによってグラデーションになって美しい。


 ……ん〜!素敵だわ!


 リィンにお代を支払ってから、私は辺りをきょろきょろ見回す。

「試し打ちしたいわね……」

 そう思っていると、届けてくれたリィンのそばにマルクとレティアがやってきた。

「よっ!久しぶり!討伐依頼の帰りなんだよ」

 通り道なので顔を出してくれたということらしい。

 あれ、よく見ると、マルクもレティアも小さな傷があるわね。


 ……うん、タイミングバッチリ!


「二人ともそこで立ってて!」

 そう言って引き止めて、私は距離をとるために道に出て走っていく。


 うん、この辺りかしら!

 アゾットロッドを掲げて、スイッチを入れると、パシュッ!パシュッ!とマルクとレティアにポーションを射出し、彼らの傷を癒す。


「私の新装備、アゾットロッドよ!マジックバッグ仕様だから、まずポーション切れもなし!」

 私は、ロッドを持ったまま腕を掲げて、空いた手は腰へ。片足を少し横にずらしてポージングする。

「はあぁぁぁぁ?」

「デイジー……。もう、何を目指そうとしているのかよく分からないぞ」

 前者のマルクが頭を抱え、レティアは首を傾げていた。


 ……え〜!どこを目指してって、回復師って感じの出来じゃない?

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