第59話 材料を買おう

 まずは、子牛の胃袋から取れるという凝固剤には、植物から取れるものにも同じ性質を持つものがあるというので、それを使うことにする。


 イチジク→今は春。季節じゃない

 南で取れるフルーツ→植物図鑑によるとこの国の南部でも取れるらしいが高額で、流通も少ない

 アーティチョークの花のおしべ→アーティチョークじゃなくてその花自体は流通していない

 紅花の種→ありそう!


 紅花は、染料や良い油が取れるので、この国の農家でも育てている植物である。とすると、農家用に種が売っているのではないだろうかと思い、まずはその店を紹介してもらおうと商業ギルドへやってきた。当然、リーフがお供についてくる。この間の誘拐未遂騒ぎで懲りたので、リーフはフェンリルの大きさでついて来てもらった。


 商業ギルドのギルド長の娘のカチュアの足を治したということは、父親の口からギルド本部の人達に広められており、私は子供ながらもギルド本部の人たちからも一目置かれるようになった。何か用事がある際に頼ろうと思ってもスムーズに応対してくれるのでありがたい。


「こんにちは」

 商業ギルドの窓口まで来ると、私は受付嬢のお姉さんにギルド員証を見せる。

「デイジー様、こんにちは。本日はどのようなご用件で足を運び頂いたのでしょうか?」

 にっこりと笑って尋ねてくる。

「紅花の種を手に入れたいのだけれど、どこか良いお店を紹介して頂きたくて」

「なるほど……少々お待ちください。担当の者に確認してきます。デイジー様はあちらのソファでお待ちください」

 そう言って、受付嬢のお姉さんは昇降機がある方へ行ってしまった。


 私は、しばらく手持ち無沙汰にソファに座って待っている。ふと天井を見上げたら、タイルの欠片で彩られた商業神様と、その御使いである天使たちが巨大なモザイク画で描かれていて、感嘆にため息をついた。さすが、この国の商人を全てとりまとめている商業ギルドの本部である。職人の技術も素晴らしいし贅沢に使ったタイルの色がとても鮮やかで、とても華やか……!


 モザイク画の細部に至るまで観察して時間を潰していると、受付嬢のお姉さんが戻ってきた。

「デイジー様、こちらに何軒かおすすめできる店を記しておきました。簡単な地図も添えましたので、訪ねてみてください」

 そう言って、何枚かの紙を私に渡してくれる。それは、綺麗な文字で書かれた店名のリストと、何枚かの地図だった。

「とても綺麗にまとめてくれてありがとう!感謝するわ!」

 私がそう言ってにっこり笑うと、お姉さんも嬉しそうに笑ってくれた。


 私は、店名の前に星印の書いてある(一番オススメという意味らしい)お店を探して、リーフと共に街を歩く。そして、一軒の立派な花屋さんに到着した。花屋とはいっても、農業用の種や苗、庭用の花や樹木まで扱っている、かなり大きなお店だった。


「リーフ、その大きさじゃお店に入れないから小さくなってね」

 そう言ってリーフの頭を撫でると、しゅるんと小さな子犬の姿になった。そのリーフを連れて、種が置いてあるエリアに来た。

 そこには、小さな引き出しが沢山ついた立派な戸棚があり、その個々の引き出しには様々な植物の名前が書いてあった。


「紅花、紅花……」

 あれ、ないな。困った。

 うーんとたくさんの引き出しを睨みつけて渋顔を作っていたら、厚手の生地でできたエプロン姿の店員のおじさんが声をかけてきてくれた。

「お嬢さん、なにかお探しですか?」

 私はその問いかけに紅花の種を求めてきたと、来店の目的を伝えた。

「ああ、すみません。それは一般のお客さんにお買い求めいただくことがないので、奥にしまってあるんですよ。取ってきましょうか?」

 私は頷いて、しばらくその場で待つことにした。


 やがて戻ってきたおじさんは、私の手のひらくらいの麻の袋にぎっしりと入った紅花の種を持ってきた。

「農家向けの品なので、一番小さい単位でこれになってしまうんですが、よろしいですか?」

「大丈夫よ。たくさんあっても困らないから。ところで、あっちの脇にトマトの苗があったけれど、あれはもう植えどきなの?」

 なんだか、トマトがあったらミィナが喜びそうな気がしたのだ。


「はい、春の今頃に植えると夏にはたくさんの大きな実が付きますよ」

 お勧めですと言うので、紅花の種と、トマトの苗を一株買い求めて、自分のアトリエに帰った。


 ◆


 次の日の早朝。

 実家の執事のセバスチャンの再教育によって、礼儀正しくなったはずのマーカスの大きな叫び声が裏の畑の方から聞こえた。


「マーカス、そんな大声出してどうしたの?」

 女子専用階の三階から、私とミィナが畑に駆けつける。

 ……あれ?

 緑の妖精さん達にサイズ差がある。何故か大きい個体が……。

「妖精が育っています!」

 地面にしりもちをついて、マーカスが指さす先には、確かに大きい妖精さん?がいた。よく私に話しかけてくれる女の子の妖精さんの声で、だいぶ大きな妖精さん?が嬉しそうに私の方へやってくる。

「デイジー!あなたの畑のおかげで私、精霊に昇格できたの!」

 私よりも一回り小さい体格の彼女は、私の手を取り、嬉しそうに空中でクルクル回る。


「私、こんなことも出来るのよ!」

 彼女が回るのをやめて昨日植えたトマトの苗を指さすと、指先からキラキラとした緑の光が苗の方へ向かっていく。すると、突然苗がぐんぐんと成長し、大粒の真っ赤なトマトがいっぱい実ってしまった!

「え?今のなんですか!?」

 精霊も妖精も見えないミィナは、しっぽをブワッと膨らませて驚いている。確かに、急にトマトの苗が成長したら驚くだろう。それにしても、成長した時用の支柱も立てておいてよかった。なかったら実の重さでぐったり倒れてしまうところだった。


 私は、ミィナには、ここの畑には実は緑の妖精と精霊がいて、今のは精霊の仕業だということを説明する。

「なるほど、そんな御加護のある畑だったんですね。それにしても、まだ季節でもないのに見事に真っ赤なトマトがいっぱい……トマトソースにして保存できるようにしなきゃいけませんね。それに不安定だから支柱に茎を結び付けてあげないと……」


 好意で買ってきたトマトの苗は、ミィナの仕事を増やす結果になってしまったのだった。

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