第54話 新しい仲間
「本当に……本当にありがとうございました!」
あらためてソファに腰を下ろした私達。向かいに座るオリバーさんとカチュアさんが私に大きく頭を下げる。
そして、オリバーさんが綺麗な袋を私に差し出す。
「お約束の成功報酬です。ご確認ください」
中を確認すると、約束した成功報酬としての金貨三枚が私の手のひらに滑り落ちてきた。そして、袋にはまだカードのようなものの感触が残っていた。覗くと、そのカードには『仮会員証』と書かれている。
「確かに。お約束の額ですね。頂戴します。それから、ギルドの仮会員証もありがとうございます」
私は、その両方を袋に戻してから、ポケットにしっかり仕舞い込んだ。
そのついでに、子犬の姿で私の足元に伏せて眠っているリーフの柔らかい毛を撫でてあげた。リーフはいつもこうしてそっと側にいてくれる。
「『仮会員証』は、身分証にもなりますから、普段から携帯されると便利かと思います。そう言えば、デイジーお嬢様はアトリエを開設されるそうですね。準備の方は捗っておられますか?」
突然、カチュアさんに尋ねられた。私は、リーフに向けていた顔をパッとあげる。
「店のイメージについては決まっているのですけれど、具体的に土地を買ったり、大工さんに依頼したりといったところはまだ……」
まあ、要は困ったことに全然進んでいなかったりするのだ。
「それ、私にもお手伝いさせていただけませんか?」
ニコニコと両手を胸の前で合わせて、提案してくれる。
「うーん、足の治療のことを感謝してというのであれば、そこまでのお気遣いはなさらなくても……」
ニコニコとした笑顔からは、それだけじゃないんだろうとは思ったけれど、一応一度断ってみた。
「違うんですわ!私、デイジー様の新しいお店に興味があるんです!ごめんなさい、父から聞いてしまったもので……その、柔らかいパンっていうものも販売されるんですよね!」
そう言って、目をキラキラさせる。その横に、娘にパンのことを話してしまったことを詫びるように頭を下げるオリバーさんがいた。
……あ、そっちか。
「私、そのお店にもとっても興味がありますの!私でしたら、何か職人が必要な場合は父の伝手を頼ることも容易くなります。ぜひぜひ、私をアトリエ立ち上げの仲間に入れてくださいまし!」
そんな娘のカチュアさんの両肩を持って、オリバーさんも前のめりになって話に加わってくる。
「娘にとっても、いつか商人として独り立ちするにあたって、良い経験、勉強になることでしょう。ぜひ、うちの娘のわがままを聞いてやってください」
オリバーさんまで、後押ししてくださる。
こうして、アトリエ開設のための新しい仲間が加わったのだった。
水色ツインテールの商人のお嬢様。私より二つ年上のもうすぐ十一才になる少女だ。
◆
日を改めて、アトリエのイメージや今後の計画について打ち合わせるために、カチュアさんに家に来ていただいた。まだ杖を必要としているが、日に日に自分の両足を使うことに慣れてきているそうだ。
そんなカチュアさんの歩調に合わせて、ゆっくりと客間まで案内する。
客間には、私たちより前に、ミィナとマーカスにも、顔合わせの意味も兼ねて来てもらっていた。
「はじめまして、私は商人の娘でカチュアと申します。この度、デイジー様とご縁がありまして、アトリエ開設のお手伝いをさせて頂くことになりました」
そう言って、カチュアはにっこり笑って軽く頭を下げる。
「カチュアさん、この二人は私と一緒に店に来てくれる使用人です。こちらの女の子は、パン製作を含めた調理師でミィナと言います。そして、こちらの男の子が、錬金術の補助をしてくれるマーカスです」
「「カチュア様、よろしくお願いします」」
ミィナとマーカスが、丁寧な仕草でお辞儀をする。
久しぶりに近くで接するマーカスの佇まいは落ち着いていて、背筋も綺麗に伸び、かつての慌ただしさの欠けらも無い。執事のセバスチャンの再教育の賜物なのだろう。私は心の中で彼に感謝した。
「では、座って話しましょう」
私が促すと、みながソファに腰を下ろす。私は、かつてミィナと一緒に描いたアトリエの想像図をテーブルに広げた。
まずそれを見て、カチュアさんが顔をしかめる。
「二階建ては障りがあるかと。三階建てにして、居住エリアを男性と女性で階でわけたほうが良いでしょう。まだ幼いと言ってもデイジー様は貴族のお嬢様です。最低限、居住区は男女別を明確にしないと体裁が悪いでしょう」
「……思いつきもしませんでした」
ポソッと私が本音をこぼす。いや、そもそもまーったくマーカスを男性として意識していない。
「デイジー様?商人になるとしても、生まれは貴族のお嬢様なんですから、そういった最低限の貴族としての体裁は整えてくださらないとダメですよ?」
チクリ、とカチュアさんに釘を刺されてしまった。
……なんだか、歳の近いケイトが加わったような気がした。
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