第38話 デニッシュを作ろう
ミィナと『デニッシュ』を作ろうと約束した翌日、厨房のボブとマリアに確認をとったところ、早速明日にでもという話になり、夕食時に約束をした日の翌々日から『デニッシュ』作りを行うことになった。
参加者は、私デイジーと、ミィナにボブにマリアだ。
まず、バターを麺棒で伸ばさないといけないので、その台にするツルリとした石の板は冷蔵庫で冷やしておく。パン生地に挟み込むためのバターも一緒に冷蔵庫で冷やしておく。
パン生地と混ぜるバターは室温に温めておく。
マリアに足台を用意してもらって、私がその上に立った。
冷蔵庫で冷やした台を取りだす。打ち粉をして、バターは冷蔵庫から出したての冷たいものを使いますっと……。薄く長く叩いて、三つ折りにしてから四角に成形します。……って、ちょっと待って、硬い!無理!そもそも薄く長くなんかならないじゃない!
「ボブぅ。バター伸ばすの、硬くてできない……」
私は眉を八の字に下げながらボブに早々にヘルプを出す。
「ハイハイ、お嬢様のお力ではこれは無理ですね。私が代わりましょう」
にっこり笑ってボブが代わってバターを伸ばしてくれた。
……なんかミィナがじぃっとボブの手作業を見ていたけれど、お料理上手なミィナだったらできるの?いや、女の子には辛いよね?
ボブは手際よくバターの冷たさを維持しながら成形してくれた。
「じゃあこれは、冷蔵庫に入れておきますね」
ボブが冷蔵庫まで台ごとバターを入れに行った。
「次からは私がやるわ!」
今度こそ、と鼻息荒く私は台の上に乗る。
ボウルに小麦粉と砂糖、塩を入れてよく混ぜる。で、バターを入れてまたよく混ぜる。で、そこに少しの牛乳とお水、卵、酵母水をよく混ぜたものを入れて、今度は手早く混ぜます……と。
そこで、初めて参加のミィナに説明を。
「これが錬金術で作った酵母液って言って、パンがふっくらするもとなのよ」
そう言って瓶を手渡すと、ミィナは興味深そうに泡立つ液体を覗き込んでいた。
粉けがなくなるまで混ぜて、台の上において丸くまとめる。
表面がかわかないように濡れたふきんを置いたら、室温で一時間くらい発酵させる。
……パン生地作りってこの待つ時間がいっぱいかかるのよねえ。
やっと発酵が終わったら、ガス抜きして少し平らにして、湿った布地でくるんで冷蔵庫で一晩休ませる。
……長いわ!
◆
次の日はみんな早起きした。太陽もまだ昇っていない。
デニッシュパンを朝食に出したかったからだ!
まずはいつでも焼けるようにオーブンの準備。
「今日は私が捏ねてみてもいいですか?」
そういうミィナの白いしっぽは好奇心でゆらゆら揺れている。……んー!可愛い!
と、言うことで、ミィナがやってみたいと言うので、今朝の生地作りはミィナに任せることにした。
ボブとマリアは、こちらの様子を見ながら朝食の用意をする。
昨日ボブに伸ばしてもらったバターと同じ大きさに生地を伸ばしていく。そして、生地の上にずらして、ひし形にバターを置く。
生地でしっかりバターを包んで、長さを三倍に伸ばす。
三つ折りで折りたたんで、角度を変えてまた伸ばす……を繰り返して、生地はやっと完成。
……って、形を整えたりするのは綺麗だし(私は大雑把)、そもそもなんて言うか作業の手際がいい。料理スキルってこういうところにも差が出るのかなあ。女の子らしくて羨ましい。
「結構大変ですねえ」
と言いながらも、ミィナは目新しい調理法?に興味津々なのか、しっぽはご機嫌な感じだ。揺れるしっぽを見ているだけでつられて楽しくなってくる。
折り込んだ生地を休ませてあげてから、それを左右がおなじ長めの三角形の形に切っていく。
その生地を、三角形の広い側からクルクルと丸める。
ぜーんぶオーブンの天板に並べたら、またしばらく常温で休ませる。
湿った布地をかけるのを忘れずに。
「それにしても不思議な形ですし、薄い生地をクルクル丸めるのになにか意味があるんでしょうかね?」
ミィナが、洗った手を拭きながら、みなが休んでいる厨房のテーブルに戻ってくる。
「せっかくの貴重なバターを大量に練り込んでしまって、どうなるんでしょうねえ」
ボブが少し心配そうに呟く。
うーん、ほんとにできるのかな、デニッシュ。
そんなこんなで雑談をしていると、オーブンに入れる時間になる。
溶き卵を刷毛で表面に塗って、やっとオーブンに投入だ!
「うわあ!」
焼けるのは、生地の待ち時間に比べたらあっという間だった。
ふんわりと菱形に膨らむ生地。つやつやとしたきつね色に色づいていく表面。漂うバターの香り。
オーブンを覗き込むミィナのしっぽの動きがが止まらない。
オーブンから出して、一人半分こで味見する。
「うわあ、サクサクです」
美味しそうに満面の笑顔になるミィナ。
「でも、中はとってもしっとり」
もっちりと伸びる中の生地に感動する私。
「でも生地の表面が手に付いちゃいますね」
そう評価するのはボブ。
「フィンガーボウルをご用意すればよろしいかと。侍女長にお願いしてきますね」
マリアはそう言って、エプロンで手を拭って厨房を出ていく。
その頃ようやく起きてきた家族のみなが、厨房から漂う香りに興味を示す。
「今日は朝から随分といい香りがするね」
とお父様。
「ふんわりパンの香りとも違うわ」
首を傾げるお母様。
「そうです!今日は新作のパンをご披露します!」
私の言葉にすぐに反応したのがお姉様。
「『デニッシュ』ね!私楽しみにしていたのよ!」
家族の皆がテーブルの各自の席に腰を下ろす中、私とミィナもエプロンを外して席に座る。
そして、テーブルに並べられた食器に、フィンガーボウルが追加される。
「あれ、フィンガーボウルが必要になるようなパンってことかな。初めてだね」
お兄様も興味をそそられているようだ。
そして、焼きたての『デニッシュ』が各自に配られる。
「錬金の本によると、正確には『ペイストリー』というらしいです」
そう言って私は新作パンを紹介する。
「じゃあ、デイジー達の新作を頂こうか」
お父様の一声で、みなの手がペイストリーに伸びる。
「おお、サックリと口の中で崩れるな」
かぶりついて一口食べて感想を述べるお父様。
「でも、中の生地はこんなに伸びますわ」
手でちぎって食べるお母様は、その中のもっちりとした生地が目につくらしい。
「バターの香りが口の中に充満するわ!そしてサクサクとした食感が素晴らしいわ」
お姉様は、かなりお気に入りなようだ。
「生地がこんなに何層にも重なっててすごいな。でも、表面の生地の欠片が手にくっつくから、フィンガーボウルを用意してくれたんだね」
お兄様は、そのパンの幾重にも重なる構造が気になるようだ。
結果、概ね『デニッシュ』は家族に好評なようだ。みなが美味しそうに完食してくれた。
私とミィナは、顔を見合わせて、にっこりと笑顔になるのだった。
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