第23話 マーカスとの契約

 テーブルに置いたポーション瓶をポシェットにしまって、マーカスを畑に誘う。

「これは私が作った素材畑。錬金術を使って土を良い土にしているわ。植わっている素材の品質を【鑑定】で見てみて」

 畑の一角で足を止めて、マーカスを促す。


「え、こんなにいい素材使って作ってんの?というか、お嬢様が畑作ってんの?」

 マーカスはいろんな素材を鑑定してはいちいち驚いている。


「今まで見習い奉公に行ったとこの錬金術師なんて、普通に店に売ってる萎れた材料使って作っているところが殆どだったぞ」

 すげー!こんな贅沢な癒し草でポーション作ってみてー!とか呟きながら羨ましそうに私の畑を眺めている。


 勧誘するならそろそろいいかな、と思った。

「じゃあ、うちで働かない?」

 と、畑に夢中なマーカスに提案する。

「そしたら、粗悪なポーション作りじゃなくて、上質なポーション作りを学べるよ?」

 ぱああっとマーカスの顔が明るくなる。


「でも、デイジーは俺を雇えるのか?」

 まあ、六歳児じゃあ、その質問も出るよね。

「うん、国の軍にポーションを納品している関係であなたを雇うお金はあるわ。でもなぁ……六歳の子が雇い主なんて言ったら、親御さんが心配するわよね……」


 そこで困っていたら、玄関が急に賑やかになった。何かと思ったら、今日はたまたま午前だけ勤務だったお父様が帰ってきたのだ。お父様とお母様に相談しよう!

 私はマーカスを連れて、お父様とお母様の元へ急いだ。


 ◆


 私は、お父様とお母様に今までの経緯を話した。

「それで、デイジーは隣にいるマーカスくんを雇いたいけれど、子供の自分が契約したんじゃ親御さんに心配をかけるんじゃないかって気にしてるんだね」

 客室のソファで対応してくれることになったお父様が私に確認する。


「確かにデイジーの判断は正しいわね」

 お母様も頷いてくれている。


「セバス、うちの使用人用の部屋に空きはあったかな」

 お父様が、側に控えていた執事のセバスチャンに確認をしている。

 ……私、勢いばっかりでそんなことも考えてなかったわ!


「はい、まだ空き部屋はございます。暫く使っていなかった部屋ですので、今日明日ほどお日にちをいただければ、準備も整えられるかと存じます」


「マーカスくんは、住み込みでいいかな?それと、デイジーの手伝いが仕事になるけれど、雇用者は私にしようと思うんだけれどいいかい?」

 貴族の大人二人を前に、緊張した顔つきのマーカスに対して、お父様は優しく微笑んで確認する。


「はい、ありがたいぐらいです!」

 マーカスはガバッと勢いよく頭を下げた。


「じゃあ、後でちゃんと契約書を作ろうかね。ところで、マーカスくんはなんでその歳でもう働いているんだい?何か家に事情があるのかな?」

 私たちの国だと、平民の子供が働くのも珍しくはないが、やはりそれなりに理由がある家庭が多い。お父様はそれを心配すると同時に確認したいようだった。


「うちは父さんが二年前に事故で死んで居なくて、母さんだけなんです。でも、母さんも病で働けなくて。俺の下にまだ小さい弟と妹がいるので、俺が働かないとダメなんです。母さんの薬代も早く稼ぎたいし……」

 マーカスは、沈痛な面持ちで家庭の事情を語った。


「お母様のご病気は重いものなのかい?」

 お父様が心配そうな顔で尋ねる。

「医者に診てもらったところ、ハイポーションか教会のハイヒールじゃないと治らない病だそうです。だから俺が稼がなきゃいけなくて……」

 それを聞いて、お父様はうーん、としばらく顎を撫でて考える。


「デイジー、ハイポーションは今家にあるかい?」

「はい」

 私は即座に頷いた。


「マーカスくん、こうしないかい?お母様の病気は、まずデイジーのハイポーションを使って治そう。でね、まだその代金を君は払えないだろうから、後払いで分割払いってことにして、君の毎月の給金の中から、生活に困らない程度に少しずつ返してもらうっていうのはどうかな?」

 お父様は手を組んだ上に顎を乗せて、マーカスの顔を覗き込む。


「そんな高額なものを、後払いでいいなんて……会ったばかりの俺を信用してくださるんですか?」

 マーカスはとても信じられないと言った顔だ。


「だって、君は今までも錬金術師の店に奉公していたんだろう?盗もうと思えばハイポーションを盗むことができたはずだ。でも、その誘惑に負けず、真面目に働いてきたんだろう?」

 お父様の顔は真面目だ。

「お父様。マーカスには賞罰に窃盗がついていたりはしません」

 私も、マーカスのお母さんを助けてあげたくて、マーカスの人間性に問題がないことを主張する。

 お父様はうん、と頷く。


「じゃあ、そのことを含めて契約書をまとめようかね」

 お父様は、一旦執務室に移動した。


 マーカスは、お父様の計らいに感激して、そして、母親の病を治せることが嬉しくて、しばらく腕で顔を隠して泣いていた。


 ◆


 その後、お父様は返済金を含めた契約書を書いて部屋に戻ってきた。

 そして、契約の詳しい内容や条件を彼に聞かせる。

 契約金額はうちの普通の使用人の契約金額を、子供のうちは、と減額した金額だったらしいが、今まで彼が働いていたどの店よりも良かったらしく、その事にも感謝していた。


「じゃあ、明後日までに君の部屋を綺麗にしておくから、明後日の朝、教会の朝一番目の鐘が鳴る時刻に家に来てくれるかい?そして、この契約書は、ここに君のサイン、ここにお母様のサインを貰って持ってきてくれ」

 そして、マーカスは契約書とハイポーションを持って家へ帰っていった。


 ◆


「お父様、マーカスの賃金分は私が払います」

 マーカスが帰ったあと、私は、お父様にそう宣言した。


「いや、子供に必要な経費を払うのは親の義務だよ、デイジー。それにね、こういうものは、子供の将来のための投資だと思っている。君が心配する必要はないからね。それと、今日のポーション代は、デイジーから預かっているお金に足しておくからね」

 そう言って、私の頭をポンポンと撫でて自室へ行ってしまった。


 ◆


 二日後の朝にやってきたマーカスからは、私のハイポーションでお母様の病が治った!と嬉しげに報告と感謝をしてくれた。

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