第14話 穢される魂

辺りには人の血の匂いに満ちていた。

焦げるか焦げないかの瀬戸際の甘く塩味の効いた良い香りが拡がっている。


しかしそんな中でも一際美味しそうな香りを放つのは目の前の可憐な王女、結界の聖女アスミナだ。


やはり普段から良いものを口にしているアスミナは甘く香ばしい。


「アス、ミ、ナ様に……なにを、するっ!」

「僕ってね、半分は吸血鬼なんだよ」

「なにを言っ……て」

「といっても、吸血鬼になってまだ日が浅い。僕は今から初めてヒトの血を吸うわけだ」

「やめ、ろ……アスミナ様を、穢すな……」


人間にとって、吸血鬼に血を吸われる事は魂を穢されるのに等しい。


吸血鬼は悪魔と並んで人類から嫌われ、疎まれ、憎まれている。


不死身と言っていい身体を持ち、仲間の魂を穢す存在。


そんな存在に追い出した元仲間が成り果て、もっとも愛しい仲間の魂を穢す。


僕にとっての初めてのご馳走だ。


「やめ、ろ。やめて、くれ……許さな、いぞ」


曲がった手を伸ばすアルト。


「君たちになにができる?満身創痍じゃないか?回復術師が居たらよかったのにね?そしたらそんな傷も治してもらって、再び僕に刃を向ける事もできたろうに。君たちは君たちのした行い、意味、浅はかな欲を後悔しながら絶望して死んでほしい。もちろん王国のみんなもだ。そうだ、エスティアナ家と王族をまず見せしめにしよう。その後に全国民だ。僕とは直接関係のない村のみんなまで蹂躙されたんだからいいよね?男は全身の骨を折って、男の目の前で愛する者の四肢を千切られて犯される様を眼に焼き付けてもらおう。生きたまま火を付けて殺そう。目玉を潰して何度も何度も治してあげよう。ほら、僕は元回復術師だ。目玉くらいなら簡単に治せる。君たちの今のケガだって僕なら簡単に治せるんだよ?簡単に死ねるなんて思わないでよね?」


そうだ。みんなみんな死ねばいい。

人間なんているからダメなんだ。


「……クロム、さん。どうか、正気に、戻って下さい」

「起きたかアスミナ。君が守れなかったせいでみんな死にそうだよ。どうするの?」

「クロムさん、わたくしになにか、できる事は、ございませんか?」


アスミナは泣いていた。

きっと仲間を殺されそうになって泣いているのだろう。


「ないよ。もう遅いんだよ。村のみんな、死んじゃったし。王女なのに、僕を助けてくれなかったじゃないか?僕が無能過ぎて残念であんな悲しそうな顔をしてたんでしょ?女神エリアのお告げを受けておきながらパーティーのお荷物だって!そうだろう?!」


こいつが僕を好き?なわけないだろ。

王女が村の田舎者に恋するわけないだろ?

アルトもルークもバカなんだ。

だから勘違いなんてして、王族も貴族もけしかけて僕を追放なんてしたんだ。


じゃなきゃ、僕がこんな目に合うわけない。


「……ごめんなさいクロム。私が、貴方を護れるだけの、力があれば……こんな事には」

「さてと、さっそくご馳走を頂きますかね。初めての相手が王女って中々の贅沢なのでは?」


僕はアスミナの左肩を後ろから掴み、右手をアスミナの右腕の下から首元に絡みつけるようにして髪をかきあげて首を右に少し傾けさせる。


白くて瑞々しい。

うなじがいやらしい。


目の前の女の血を吸い尽くしたくてしょうがない。

吸血衝動で僕の全身の血が脈打つのがわかる。

歯がむずむずとして、八重歯の2本がメキメキと鋭く伸びていくのがわかる。


「アスミナ、様ッ!」


僕は睨みつける彼らの顔を見る事もなくアスミナの首元に噛み付いた。


牙が刺さり、芳醇な香りが鼻腔を駆け巡っていく。

溢れ出るバターのような血を僕は乳を飲む赤子のように吸い付いていく。


もっと、もっと。

もっとほしい。


「ぁぁ……んんっ……あっ」


血を吸われているというのに艶かしい声を上げるアスミナ。


アスミナの血が僕の身体を満たして……


「……ああっ!」


身体が熱い!

なんなんだ?!

心臓が破裂しそうだ!!


「魔力が、暴れている?!」


なんだ?!なにが起きている?!


僕は地面をのたうち回り、もがき苦しんだ。


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