ネネルとズパと、そしてルース 後編

「ふう……これで振り出しに戻っちゃったかァ」

「ズパさんそれは違う。人の命の生き死にに他者を入れるという最悪のパターンだけはなんとしてでも避けたいからね、検討し直しだよ」

だが、最良の答えが見つかるわけでもなく、無言のまま時間だけが過ぎていった。


ちらりとシィレの城主に目配せし、先に口を開いたのはネネル。

「ルース……お主、彼女とはなぜ会わぬのじゃ?」

へ? と、隣にいた小さな肩が震える。妙に裏返った声と共に。

「普通なら婚約者をここに連れてくるのが筋であろう。久々の再会なのに」

「いや、その、それは……」しどろもどろに口を開いた彼の答えもまた、答えになっていなかった。

「彼女……マティエのやつ、リオネングを発つ前に、ケンカを……」

「へえ、それもしかして夫婦喧嘩ってやつかな?」

「いや違う、もうちょっと深刻な……」


そしてルースは手短にことの次第を話した。

ずっと床に臥せっているリオネング王の治療を、現在は助手であるタージアが受け持っていることを。

そして彼女に好意を持つものが一人。それが……


「シェルニ……いや、兄上だというのか!?」

ルースは無言でうなずき、続けた。

「知っての通りタージアはかなりの人見知りだ。しかも極度の人間嫌い……そんな彼女に王子が接近してきたって。しかもよりによって……」

「い、いや……それ以上言わずともわかる。まあ兄上にもそろそろ人を知って欲しい年頃でもあるし……じゃなくて内政のことばかりに気を割いてしまって、他国のアプローチにも全く耳を貸さなかったからな」

「ふぅん、王子って結構クソマジメな方なんですね、姫様」

「そう、ズパさんの言うとおり。色恋沙汰に縁もゆかりも無かった真面目一筋な王子だからね……タージアからそれを聞かされたときには僕も腰を抜かしたよ。けど、だからこそ二人の仲をどうにか取り持とうと考えたんだ」

「ふっふふー、ルースったら頼られているのですね」

と、ネネルがエセリア譲りの声色で小さな毛玉を皮肉った。

「悩んださ僕も。このことは秘密にしてくれって彼女は念を押したけど、しかし面と向かって王子に話すことすらできないジレンマも抱えてたから、だから僕は、彼女の対人恐怖症をどうにかして治そうって決めたんだ」


「しかし……それが結果的にマティエの勘違いを生んだ、というワケかぁ」

「そう、マティエも王子以上に真面目だからね。僕とタージアがまた付き合い始めたんだと思ったみたいで」

人気のない裏庭でタージアと向かい合いカウンセリングをしていたルース。ふとマティエの目に止まったそれが、さらなる彼女の怒りを誘発したのだと語った。


「まだ誤解は解けていない……ってことかぁ。完全に泥沼だね」

「ああ。おまけにマティエの方はエッザールと仲がいいみたいで……って、ネネル姫?」

彼女の薄い唇が、そうか。と夜空に小さく言葉をつぶやいた。

その言葉に呼応するかのように、吐息の代わりに、ふわり、と結晶が舞い落ちた。雪だ。


「マティエ……あいつの存在をすっかり忘れておった」

「よしてよ姫! シスターの代わりに彼女の命を侵そうとか思っているんじゃ!?」

みるみる間に、彼女の口元から失われていた、いつもの悪戯な笑みがよみがえる。

「一か八か、試してみる価値はある……よし!」

「おい姫さま、なんかいいアイデア浮かんだんですかい?」


おもむろに立ち上がった姫は、そのまま両手にルースとズパを抱え激しく頬ずりをし始めた。

「ちょっ、ネネルいったいどうしたの!?」

「ザレじゃ! しかもここからそう遠くない。あそこならばラッシュの力を取り戻すこともおそらく可能じゃ!」

瞬く間にたくさんの雪が降り積もる中、年相応の女の子のごとく、ネネルはきゃっきゃと飛び跳ねていた。

部屋の中の人たちには、彼女が雪に歓喜しているようにしか見えていなかっただろう。


「ザレ……ってまさか、慰霊碑のあるところ……?」

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