ほんとうのこと

フィンはきょとんとした目で驚いていた。

「ほ、本当かよ……ウソついてねえだろうな!?」

「本当だ。もし信じられねえなら、今から帰って母さんに聞いてみるか?」


つまり、ラザトも結婚した時は似たような境遇だったってこと。

細かいことは聞こえなかったけど、フィンのお母さん……つまりラザトの奥さんとはかなりの年齢差があるみたいだ。要するにフィンとパチャの年齢が逆転したみたいなもの。

そう、ラザトの奥さんはまだ年端も行かないときに半ば強制的に結婚されたんだ。

理由はどうであれ、まだ山奥の村にはそういった婚姻儀礼のあるとこがかなりあるらしい。

そしていつの間にか、フィンもパチャもラザトの話にぐいぐい引き寄せられていったんだ。


そしてそれは、ラザトにも断ることができないほどの鉄の掟。


「ンで、こうして生まれたのがお前だ」

こくんと無言でうなづいてた。とっても若いお母さん。ラザトも自慢だったに違いない。けど……

「だけど、フィンくらいの年齢で子供を産むのって、結構酷なんじゃ……」

「ああ、パチャの言う通りさ。一命は取り留めたものの、母さんはそれで身体を悪くしてな」


「だから……母ちゃんは……」

ラザトはひとこと「そういうわけだ」って。

でもお母さんはラザトを恨むことはしなかった、むしろ自身に至らなさを感じていたらしい。フィンは元気にすくすくと育ったけど……ね。

傭兵ラザトはそれからだんだんと荒れていって、毎日酒ばかり飲むようになってしまった。しかしそれも自身への至らなさから生じたもの。二人の心は離れていって、そして……


「親父は家を捨てた。けど絶対に恨まないでって」

幼いフィンや周りの人達の手助けもあって、母さんは徐々に元気になったみたいだ。そして今は……

「村の力比べで毎回優勝するようになっちゃってさ。男でも太刀打ちできないほどだよ」

「え……」

「マジかよ、フィンの母ちゃんってすっげえんだな!」


けれど、フィンの心の中は複雑。いくら丈夫になったとはいえ、あの時病弱だった母さんを、ラザトは捨てたことには変わりないんだから。

「いつかこの手でぶっ殺してやりたかった。傭兵で腕っぷし強くて、酒飲みで……んでもって右眼が斬られて潰れてるクソ親父のことを」

「そっ……か。だからフィンはずっと……」

一息に言い放った小さな肩を、パチャの滑らかな肌の腕が優しく包んだ。

「ごめんパチャ……こんなバカな理由で」

「いいって。もしあたいの親が飲んだくれて消えちまったりでもしたら、こっちだって絶対ボコボコにしてやったもん」

「ありがとな、パチャ」


なんだろう……絶対乱闘騒ぎになるんだろうなとばかり身構えていたんだけど、すごくしんみりした場になっちゃった。

でも、今さら自分の心づもりを変える気は……ない!


「すまねえな、フィン、そしてパチャ。ずっと逃げ続けちまった俺の心の弱さにも責任はある……二人の姿があの時の俺と母さんにかぶってしまったんだ。だから……」

ラザトの目が、パチャへと向けられた。

「息子と結婚だなんて言ってるが、俺は認めたくない」

「う、うん……」その心の内を、パチャも少なからず感じてはいたみたいだ。フィンもやっぱりそう。察していたみたいな、けど複雑な顔。

「男と女の違いはあるがな。でもフィンはまだガキだ。それにパチャ……お前も結婚なんてクソな考えに捕らわれずに、もっと自由に生きてほしい」

だんだんと三人の顔から険しさが消えていくように見えた。

うれしいな、氷が溶けてきたみたいで。


「パチャ……俺のわがままを聞いてくれないか?」

と、戸惑うパチャに、ラザトはこう言ったんだ。

「おまえの好きで構わない。だが俺としては……こいつのいい姉貴で、友人でいてもらいたいんだ」

「あ、ああ……いいよ、あたいだってフィンに変な気を使わないで済むし、それならば!」

対するフィンもまだ困惑顔だったけどね。でも結婚って考えが抜け落ちて、ちょっぴり安堵していた感じもしたし。


「どうせ村を捨てたんだろ? だったら自由に生きろ。もちろんこのバカを捨てて外の世界へ出ていったって構わない。全部俺が認めるさ」

「親父さん……」

「だけどやっぱり俺にとってはこいつが大事だ。許してくれるなら……」

ラザトは、太い腕でぐいっとフィンの頭を掴んで引き寄せた。


「素敵な仲間でいてくれ。それが俺の願いだ」

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