継承 その3

これは……と、ナウヴェルは小さな声で俺に言う。

「我が一族の連綿たる記憶であり、技術でもある。つまりこれこそがラウリスタなのだ」

いまからこの融けた鐡の中にナウヴェル自らの両腕を漬ける。認めるかどうかは鐡そのものが決めるんだそうだ。なんていうかすげえ鉄だな。

ナウヴェルが新たなラウリスタとして認めてくれれば、この鐡は身体の一部となるんだそうだ。だがもし、拒まれたら……?

「我が心の臓を熱く食い融かす……だから私が苦しまぬうちにとどめを刺してもらいたいのだ」

普通のやつならこの時点でナウヴェルを止めるかもしれねえが、俺は俺だ。この石頭の覚悟くらい誰よりもよく分かっているつもり……だ。だから止める気なんて毛頭ない。分かった、と俺はガンデから肉厚の刃のナイフを受け取った。これくらいのナイフでなければこいつの身体を貫けない。つまりは頑丈すぎるほどに頑丈なんだ。


……っと、つまりは床のすげえ血痕は、前任者のってことなのか?

「ああ、ワグネルは全て剥がしとった……何も言わずにな。さて……」

すうぅ……と大きな深呼吸をして、ナウヴェルは一気に鐡の池に両腕を突っ込んだ。いきなりかよ! なんか言えよ!

両肘くらいまでだろうか、ブスブスと肉の焼ける臭いが俺の鼻をついた。

熱湯風呂に入るのとはワケがちがう。これは腕をもぎ取るようなものだ。瞬く間にナウヴェルの目から、耳から、そして身体の皮膚の継ぎ目からも血が流れ出てきた。

「ぐぉぉお……っっっ!」

食いしばった口元からも血が滲み、両肩がわなわなと震えだす。そうだ、ナウヴェルはいま己の全てと対峙しているんだ。一族の過去に。

樹が水を吸うように、融けた鐡は腕の血管に入り込み、それらはまるで生きているかのように、あっという間に身体へと昇っていった。

「ナウヴェル師匠……!」ガンデもどんな声をかけていいのか迷っていた。

わかる。こんな時にがんばれなんて馬鹿な言葉をかけても無意味だしな。だから俺も言い出すことはできなかった。

思う言葉はひとつだけ。

「俺の手を汚させるんじゃねえぞ」と。


「うおおおおお!!!」

どのくらいの時が過ぎただろうか。いや、まったく経っていなかったかもしれない。

俺たちの耳をつん裂くような大きく震える声とともに、あいつは……ナウヴェル・ラウリスタは勢いよくその両腕を引き上げ、そして天へと掲げた。

石の桶にはもう、あの融けた鐡は一滴も残されてはいなかった。

すべては……そう、身体の一部となったんだ。

「よかった……認めてもらえたのですね!」涙を浮かべたガンデが握りしめていた両拳をゆっくりと解いた。

俺も……ああ、胸に手を当てるとすげえ早鐘を打っていたし。


「ありがとう……二人とも、礼を言う」

ラウリスタの魂が認めてくれたのか……だから生きて帰れたってことだ。


よく見るとナウヴェルの両腕は、漬かった部分から一回り大きく太く、そして溶岩のような色となっていた。まだその部分からは白い煙が立ち上っている。

「ああ……この腕が。もう熱いままだ、戻ることはない」

「こんだけ熱いんだったら、振り回すだけで武器いらねえくらい強い武器になると思うんだけどな」


ナウヴェルは「違いない」とくすっと笑みを浮かべてくれた。

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