獣人、半獣人、元獣人

何もない部屋に、じゃらりと重い鎖の音が響く。

「こんなものを付けたところでどうにもならんぞ」

「分かってる、ただ俺も手荒な真似はしたくないのでね」

深い皺に埋もれた目で、ナウヴェルは目の前にいるその人間を見た。

はち切れんばかりの筋肉をもった、その元獣人を。

「同胞のよしみというやつ……かな、ゲイル君」

獅子族の名残りの残った大きく逆立つ茶色の髪。そして肩や胸元にも同様の痕跡は残されていた。だが今の彼にはもう鋭く尖る爪も、丸い耳も、そして長い尻尾ももはや存在してはいない。人間と同じつややかな肌。それが今のゲイルだった。

「ああ。やっぱり俺にもまだ獣人としての情けは存在しているみたいでな……さっきのエッザール同様、傷つけたくない思いは残されているんだ」

それに……と。名残の残された大きな鼻でふふっと笑う。

「神代の刀工の末裔がもう一人きてくれた。偶然とはいえこれは奇跡に等しくはないか? ナウヴェルさんよ」

「今の私に星鉱を鍛える資格は存在しない」

「まあ、そんな固いこと言いなさんなって。どっちみちあんたにも手伝ってもらわなければならないのだから。その規格外の身体……生かさぬ手はないからな」

ギギっと、ナウヴェルは拳を硬く握りしめた。

「ならば、早くワグネルに会わせてもらおうか」

ナウヴェルの足に繋がれた太い鎖は短く、ゲイルの元には到底届かない長さだった。

いや、こんなもの引きちぎろうと思えばわけはない……が、囚われ、鉱山へと送られたエッザールの身を案じて、今はおとなしくしている他はない。

それに、以前は仲間であったワグネルに会うためにも。


高らかな嘲笑と共にゲイルが去ってほどなく、次に部屋へと入ってきたのは紛れもない獣人の青年だった。

使い込まれた厚い布の前掛けに身を包んだその姿。

まるで闇夜に溶け込みそうなほどの艶めいた黒い毛並みに包まれ、丸い耳と短い鼻面に長い手足と尻尾をもった……それは黒豹族特有の身体。

「ナウヴェルさんですね……はじめまして」

驚くほど丁寧なその言葉遣い。

「君は?」

「ゲイルさんからお聞きして来ました。ガンデと言います」

ぺこりと、その小さな頭を下げる。

「ふむ、お世話係と言うわけでもなさそうだな。だが……」

ナウヴェルは鼻先をその青年に向け、ふわりと身体にまとわりつくその見えない存在を嗅ぎ取った。

「なるほど。ワグネルの弟子か」

「え、あ……分かるんですか!?」雷にでも打たれたかのように、黒豹の細い身体がビクッと震えた。

「言わなくとも分かる。一目見ておきたかったんだろう。奴の同族の姿を」

「図星です、けど……」と、ガンデはその言葉尻を濁した。


「正直、私はあの方を……ワグネル師のことをもう師匠とは呼びたくありません」

冷たい石造りの床に、ちゃっちゃっとガンデの爪音が響く。

倍以上もあるそのサイ族の巨躯を、彼は険しい目で見つめ、言った。


「お願いします……あなたの力でワグネル師の目を覚まさせてください!」

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