背後に潜むもの

チャチャの飯のおかげでこの坑道内もひどい匂いに満ちてきた。一刻も早くこのジメジメした場所から抜け出たい。でなきゃこっちの方が参っちまう。

だが幸いにもチビはケロッとしたまま。「ラッシュの臭いで鼻が慣れてしまってるのかな」なんてマティエは笑いをかみ殺しながら言ったし。こいつ、いつの間にこんな冗談言うようになったんだか……

まあそれはともかく、まずはチャチャの話の続きからだ。

「そうそう、変な連中が外をうろついていたんだヌ」

「変な……って、いったいどんな風貌だ?」

ちょっと待ってだヌ。とあいつは奥の暗がりからなにかずるずると引っ張り出してきた。

「これなんだヌ」と、俺たちの前に出されたもの。それは……

腐りかけた肉のような色をした、干からびた皮。なんだこりゃ?

「やつらの抜け殻だヌ。僕も見つけ次第ぶっ殺しちゃったんだヌ。見つかると危険だし」

さらっとぶっ殺すといってはいるものの……目の前に積み重なった皮はかなりの量だ。こいつ一人で……って正体は一体なんなんだ?

「人獣の皮……か?」マティエは、手にした槍の穂先で突っついたりしてそれを確かめている。

うん。言われてみたら確かに!俺もマティエもこの化け物の大軍と戦ったんだ!

そういや、奴ら死んでしばらく経つと中身がドロドロに溶けていって、最終的に皮だけになっちまうんだっけか。でもってこいつらは最初っから人間とも思えない肌の色をしていた……そうだ、いまここにゴミのように積まれた皮と同じ。

あの時大量に押し寄せてきた化け物が、同様にこの街に巣食っている……そしてその背後には。


そうだ、言わなくても分かるよな。


しかしまだまだ謎は深まるばかりだ。こんな鍛冶屋しかいない街なんかマシャンヴァルが狙ったところでいったいなんの意味があるんだか。そこがさっぱりなんだよな。


「違う。鍛冶屋だからこそ標的にされたんだ」

「え、どういう理由でだ?」

やれやれ、とマティエは軽くため息ひとつ。

「いいか? 私たちがあの時対峙した化け物の数をみたか? もはやちょっとした国の師団並みだ。お前が死ぬ気で振り払ってくれたからいいようなものの、これが人間だけだったらどうする?」

「ん……まあ普通に負けるわな」

「だがそれだけじゃない。奴らの武具をみたか?」

「いちいち見るわきゃねーだろが」

そう、それが普通のことだ。とマティエは珍しく口の端に笑みを浮かべていた。

「あれから私やルース、タージアは調べたさ。あの死体の山をな。しかしこいつらが身につけていた武器にしろ何にせよ、どこかで拾ってきたかのような愚にもつかない錆びたオンボロばかりだった。おおよそ武具とも呼べない屑同然のな」

だからそれが一体……って。


……あ!!!


「分かったか馬糞頭。やつらは……マシャンヴァルにはこれら武器を仕入れる場所も金も一切持ち合わせてはいない。だから掃除で手に入れたものを騙し騙し使い続けていた、ってわけだ。しかしこいつらにそれ相応の考える頭なんてあるとは思えないがな。要はお前と一緒だ」

いちいち嫌味ったらしい言葉を連ねやがって、お前じゃなければ頭の形が変わるまで何百発も殴り続けていたところだ。だが言ってることは全て真実そのもの。悔しいが正論すぎて返す言葉も出なかった。


「はあ……だからこのエズモールを乗っ取って、この化け物にきちんとした装備を与えたかったってこと、だろ?」

「直球で答えを導き出せばそれが正解だ……だけど相手はマシャンヴァルだ。それだけで済むわけはない……分かるな?」


すまん。全然分からねえ。


半ばヤケクソ気味に、あいつは槍の切っ先を地面に突き立てた。

「やつらは……マシャンヴァルは私たちの常に数手先を読むことを覚えてきたんだ。ただの武器や鎧じゃあない。もっと質のいい、そしてどこの誰より冒されないものを手に入れようとしているんだ!」


質がよくて冒されない、それってつまり……


マティエはやれやれようやく分かったか、とまた馬鹿にするかのような口調で俺に言い放った。


「ラウリスタの業物の大量生産だ」

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