湿原の怪物 その6

何故だ?

怪物の身体に鋲で継ぎはぎのように貼り付けられている、大小様々な形の板鎧。

渾身の力で俺は愛用の斧を叩きつけたはずなんだが……それがいとも簡単に跳ね返されちまった。

「なんだ……これッッッ!」呆気に取られた直後だった。怪物の丸太のような腕が俺の身体を弾き飛ばした!

いや丸太どころじゃねえ、もっと硬くてしなやかで、たばねた鉄の塊みたいな……

泥の地面をどれくらい飛ばされたか分からない。とっさに踏ん張った両足すらも耐えられなかった。

こんな重いの喰らったの、何年ぶりだっけ、か。


「ラッシュ!」

耳の奥で俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。ジールのような。

「何やってんのよ! ぶっ飛ばされるなんてラッシュらしくないよ」

そうだ、やっぱりジールだ。あいつも泥まみれになりながら俺の身体を抱えてくれていた。

起き上がる前に、親方から教わった身体のチェックをした。

頭……大丈夫、意識はある、切れてもいない。

腕……大丈夫、少し肩が痛むが折れてはいない。

脚……大丈夫、ひねってもいない、立てる。

胴……は。

身体を少し持ち上げた瞬間、左の脇腹に激痛が走った。

やべえ、あばら骨やっちまったか、くそっ俺としたことが!


「立てる?」

その声に応えるのも少し辛い。けどこれくらいならまだケガのうちに入らない。ゆっくり息を整えて、意識を別の方に逸らし、そっちに集中するんだ……これが親方から教わった痛みの乗り越え方だ。

「悪ぃ、俺どのくらい倒れてた?」

「ううん全然。けどピクリとも動かなかったから心配しちゃった」

「俺の斧が……弾かれたんだ」

えっ。とジールの変な声。

意に介さず霧の向こうに目を凝らすと、マティエが怪物の重い一撃を寸前でかわす姿が確認できた。

「こいつでなんでも叩き斬れたのが……くそっ」

斧の柄を杖代わりにようやく立ち上がると、ジールは心配そうな顔で俺の前に立った。

「ケガしてるの?」

「いや、してねーぞ」

「そンな風には見えないよ、どっか骨やった? 足でもひねった?」

「ケガなんかしてねえって言ってンだろう……がッ!」


言い終えないうちに、ジールがいきなり俺の横っ面をひっぱたいた。

「ジール、おまえ……!」

「ムキになったら負けだよ。すっごい無理してるの、顔見りゃ分かるんだから」

俺はその言葉に、喉の奥から苦痛の声を絞り出すことしかできなかった。

「そこで休んでてね、マティエとイーグがいればどうにかなる相手だし」

いや無理だ、俺を見ればわかるだろ? あの一撃を喰らったか最後、ジールなら即死しちまう!

それに……


「もう一回、確かめたいんだ」

よし、ジールの平手打ちでだいぶ脇腹の痛みが散ったみたいだ。

「確かめるって……?」

俺は斧の刃を今一度確認した。

こっちも大丈夫そうだ、刃こぼれひとつしちゃいない。

まあ、ナウヴェルに言わせればニセモノなんだけどな……


……って、まさか!?

俺の一撃が簡単に跳ね返されて、マティエの攻撃は受け付けているように見えるってことは。


「この斧が、ニセモノかどうか確かめたい……」

俺はジールの手を振り払い、また怪物の方へと向かっていった。

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