紡ぐものの片想い

そりゃあ、頼まれればイヤとはいえないのが俺の性格かもしれないけど、さすがに結婚されろっていうのはちょっと。

しかし、この石頭の女がなんでまたそんなことを? 俺はマティエに問いただした。

「一緒に飲んでいたかつての騎士団の仲間なんだが、あいつらお前のことを私の旦那だとすっかり勘違いしていて……」

ンなもの違うっていえばいいじゃねえか。とは思ったんだが、こいつなりに事情もあるみたいで。

つまりは、祖国であるリオネングに戻るとき、婚約者がいるとは話していたらしい。そう、ルースのことだ。名前こそ言ってはいなかったけど。

……それが俺だとあいつらは完全に思ってしまっているんだと。普通に考えりゃすっげえ迷惑な話だけどな。

「同僚たちの落胆する顔は見たくない。だから、少しだけでいいから、私の旦那を演じてもらえないだろうか」

んでもって孤児を引き取って四人家族として仲良く暮らしているって寸法だ。つまりはジャノとチビ。


「仕方ねえ、今回だけだぞ」

と、俺も渋々了承しちまった。一瞬エセリアの姿が目に浮かんでしまったし。

あいつも俺と形式だけ結婚をして、そのまま星になっちまった。つまりは俺は現時点で二度も結婚ごっこに付き合わされたってことかも知れない。まあいいさ、面倒なことにならなければな。


ってなワケで、俺はマティエの旦那として連中の前で大して面白くもない旦那ごっこをすることとなった。


「え、ああ……こいつとは酒場で知り合ったんだ。大したことない理由で喧嘩になってしまってな。その後で意気投合して」

ウソつくなオイ。お前酒場でいきなり俺を殺そうとしたじゃねえか。

「そ、そのとき焼け跡で拾った子供に懐かれてしまって、種族が違うから子供もできないしな、ならば養子にしようかって」

ふざけるな、俺の話を脚色するな。

……と、内心ブッ飛ばしたい思いを押し殺しながらマティエの嘘を作り笑いしながら横で聞いていたら。


ふと、テーブルの端っこで俺と同じ種族が目に留まった。そうだ、犬系だ。

最近は全然お目にかからなかった気がする。リオネングでも同様だ。

ちょっと灰色がかったクセの強いカールがかった髪に、短めな鼻面。

俺と同じくこういう喧騒は苦手なのだろうか、ちょっと距離を置いた場所で、遠慮したようなおどおどした目を伏せつつ、時たま俺たちの方を見つめたり、見つめなかったり。

つまりは俺と目が合うと下を向いてしまうんだ。怖いのか俺が?


「あそこにいるの、お前の仲間か?」

断酒したはずなのに、仲間から注がれた酒は際限なく飲んでいる。そんな約束やぶりな妻役に尋ねてみた。

「エイレのことか?」なるほど、あいつの名前か。

「あいつは騎士団……いや、それ以上の役職だ。だけど一体ここでなぜ?」

なぜって俺の方が知りたいわ。

っていうか、妙に気になるんだよな、俺たちをみているあいつが。


俺はこっそり席を外して、そのエイレってやつの隣にどんと腰を下ろした。

「はえっ!?」案の定、俺の威圧感にビビっていた。

体格は……俺よかちょっと小さい程度か。それと、妙に手の込んだ服を身にまとっている。金の刺繍が施された濃い緑色の長衣だ。

そこからして、こいつは戦いには不向きなやつだなっていうのは一発で見てとれた。マティエの言う「それ以上」っていうのはつまりはそういうことなのかな。

要はお偉いさんか、もしくは城勤めだ。

「大丈夫だ、酔っちゃいねえしお前にケンカ売る気もない。安心しな」

最初にそう言っておけば、こういう気弱そうな細っこいタイプは安心するだろうし。

「なんか俺に話したそうな感じだったからな、それに同じ種族だし」

「そそ、そうですね……はひっ」まだ俺に怯えているみたいだ。

「マティエ様は……リオネングでもお元気にされてらっしゃるのですか?」エイレは小さな声で俺に問いかけると、ちらりと俺の顔色をうかがった。

そりゃもう元気さ、城じゃ騎士団の若造連中にマナーから槍の使い方から毎日新兵みたいにしごきまくってるぜ。って俺も負けじと大嘘で返してやったさ。

「変わらないですね、マティエ様……」そう言って、あいつは寂しげな顔をマティエの方へと向けた。

しかしなんだろう、このエイレってやつ。どっちかというと俺の方よりか、あの女の方が気になるんだろうか。

「旦那……さんは、お幸せですか?」

ぎこちない質問が俺に来たときだった。わかった! こいつは……


「おまえ、ひょっとしてあいつのこと好きなんじゃ」

「どワーっ!」

突然エイレのやつ、椅子から転げ落ちて尻もちをついてしまった。


マジかよ、あんな大女に恋している奴がいたなんて。

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