ネネル対ルース
話は少し前にさかのぼる。
ちゃっちゃっと獣人特有の爪の足音を小さく響かせ、月に白く照らされた、同様に光のように白い毛並みの青年ルースが、半ば強引にドアを開けた部屋。そこは……
「どうしたのですルース、こんな時間に」
眠りにつこうとしていたエセリア姫のもとに、ルースは迷うそぶりもなく歩みを進めた。
「とぼけなくてもいい、エセリア姫。いや、ネネ……」
ルースの口にしたその言葉に、ピクリと彼女の右の眉が動いた。
同時に左手の人差し指を伸ばし、彼の口元を指す。
瞬間、ルースの足が凍りついたかのように止まった。
それは足だけではない、言葉を紡ごうとした彼の口にもだった。
「誰からそのことを聞いた? ラッシュか? それともイーグか」
「ああそれ、ボクとラッシュね」
ぴょこんとルースの足元から伸び上がるように現れた影。ズパだ。
軽くため息をつき「お前にはずっと隠し通しておきたかったのに」と、突きつけていた指を下げた。
見えない縛を解かれ、床へと倒れ込んだルースが、肩で大きく呼吸する。
「……ようやく、全ての謎が解けた。なぜあれほどまでに痩せ細っていた姫が、ある日突然元気になれるだなんて」
氷の如く冷めた目で、ネネルは彼を見下ろした。
「利害が一致しただけじゃ。人としてこれからを生きたい妾と、人として少しでも生きたいエセリアとの願いがな」
脂汗をぐっと拭い、ルースはネネルをその目に収める。
「殺したわけでは、ないんだね……」
「ああ、それだけは誓わせてもらう。彼女は残された命を満足して全うした」
ルースの険しかった目が、わずかに和らいだ。
「だが、それだけではなかろう……?」なあ、ズパよ? とまだ回復しきっていないその異形の身体に問う。
「あらかじめ人払いはしてある。ここには僕とズパ、それに君以外は誰もいないさ」
「で、何を聞きたいのじゃルース?」ネネルの言葉尻に、僅かないらだちがうかがえた。
「決まってるだろう、すべてさ」
「すべて……?」
そうだ、とルースは大きくかぶりを振った。
「ネネル姫……君が我がリオネングに亡命したその意図を知る権利がこちらにはある。そして祖国マシャンヴァルの真意だ」
「ふむ、なるほどな……お主のいうことにも一理ある」
「もちろんこの事は誰にも話さないことを誓う。だが、応じぬ際は……」
「そのちっぽけな短刀で、妾を仕留める気か?」
ぴくりと、ルースの腰に回した左手が止まった。
「案ずるな。妾はこの小国を掌握しようとは毛ほどにも思ってはおらん。ただ平穏な毎日を送りたかった、それだけじゃ」
「その言葉を全て信用しようとも思う気はない、分かるよね?」
「ならば誓うか? ルース・ブラン・デュノよ……この禁忌の話を」
生唾をごくりと飲み込み、静かにルースはうなずいた。
「今から話す事は……この世界のはじまりより、さらに古い話じゃ」
険しさが消えたルース、まるで親の昔語りを熱心に聞き入る幼な子のように見えた。
その童心の如き姿に、ネネルはくすっと優しい笑いを浮かべた。
「我々マシャンヴァルは、この世界で最初に生まれた民だったのじゃ」
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