望む未来、ありえる未来 その2
空いている部屋全てに命からがら逃げ延びた人たちをかくまったことで、城の中はもはや避難所同然だった。
けれども、会う人たち全てが俺とチビに祈りにも似た言葉を向けてきて……やめてくれ、俺はディナレの代わりになんてなれないのだから。
「ラッシュ王、ご武運をお祈りしています」
また生まれて間もない赤子を抱いた女性が、俺の前にひざまづいてそう言ってきた。
俺も彼女の前に膝をつき「ありがとうな」とそっと言葉をかける。
「お父さん、ほんとみんなから好かれてるね」
「どこぞの王族みたいに威張り散らすのが好きじゃないだけだ」
そうだ、俺は王なんだ。
どういった経緯でこうなったのか未だに思い出せないが、とにかく俺は王様になっているんだ。
たくさんの人に踏まれて擦り切れつつある赤い絨毯を一歩ずつ踏みしめていくと、外から濃い血の匂いが鼻をつく。
「一時はリオネングもここまで攻めてきたけれどね、ラザト将軍とフィンのおかげでどうにか追い返すことができたんだ」
そんな言葉に呼び寄せられてか、正面のドアから鎧の音をカチャカチャ響かせながら、長身の青年が駆けてきた。
「ラッシュ……じゃなかったごめん」
ああ、この生意気なしゃべり方はフィンだな。
「まさかマシャンヴァルが俺たちを助けにきてくれるだなんてな、けどおかげでリオネングの人獣はあらかた片付けることができた。パチャには後でお礼言っとかなきゃな」
短く刈られた髪に、頬にはいくつもの古傷が刻まれている。親父ほどではないにしろ、かなり精悍な顔つきになってきた。
「パチャ……あいつはどこにいるんだ?」
「え、ラッシュがマシャンヴァルに使者として向かわせたんじゃないか。もう忘れたのか?」
そんな事していたのか、やっぱり思い出せない。
「フィン、さっき聞いた話なんだけど……」間に割ってチビが聞いてきた。
「ズァンパトゥ……とかいう怪物だっけか?」
その瞬間、ドン! と城全体が大きく揺らいだ。
パラパラと崩れた石壁が降り注ぐ。なんなんだ、やつら攻城兵器でも持ってきたのか?
チビとフィンはお互いに来たかと話している、なるほどな、つまりは……
「ラッシュ……様、第二、第五騎兵隊が全滅しました……」
這うように入ってきた血だらけの獣人の兵は、その一言を残して息を引き取った。
「ウソだろ? 今さっき騎兵隊に命じたばかりだぞ⁉︎」
兵の亡骸を抱き抱えたフィンの顔には焦りが見えていた。
ー表に出るのだ、王よ。
ふと、俺の頭の奥から、いつか聞いたことがある声が響いてきた。
ーお膳立てはもう済ませてある。それに烏合の衆を何匹よこしてももはや無駄だ。お前自身がここに来るのだ。
以前にも聞いたようなその声……ズァンパトゥか? いや、あいつの声はもっと軽くてお調子者みたいな、誰なんだこいつ?
考えていても仕方がない、俺はその声に応ずるべく、城の外へ、そして城門へと向かった。
「待って父さん、護衛なしで出るだなんて無茶だよ!」
尻尾……じゃない。俺の鎧に付けられたマントを必死に引っ張り、チビは俺を引き止めようとしていた。
「止めるな、呼んでるんだ……あいつが」
「呼んでるって……いったい誰が? 父さん、また疲れが残ってるんだよ」
そうか、チビのいう通り疲れか?
それにしても、鎧が重い。
俺は少しでも歩みを軽くしようと肩や脚甲のいくつかを放り捨てた。こんなクソ重い鎧なんて着けているだけ無駄だ。
「俺が行かなければ、いたずらに兵を消耗しちまう。だからチビ、お前はみんなを退却させるんだ、一刻も早く、さあ!」
マントを手にしたまま茫然とするチビの方に手を置き、俺は最後のお願いをした。
「父さん……なんで」
チビの目から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。
「なんでこんな時に、昔みたいにチビだなんて呼ぶのさ……」
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