意識の跳躍

よっこらしょ、とやつは人間みたいな言葉と動作で地面に腰を下ろした。この方が目線合うしねって。

「人間味があるって思ってるよね。もちろんさ、ボクだってはるか昔はそうだったんだし」

「え、元は人間!?」

「まあそんなことは後でいいからね、会いに来たんでしょ、ボクに」

目をまん丸くして驚くルースに、ズァンパトゥは落ち着けと手で制した。

「しかし……見ればみるほど素敵だよね、とても戦場で猛威を振るってた黒衣の一人とは思えないよ」

生命感皆無の顔がまた、ぐいっと俺のところへと伸びてきた。わかる、ずーっと妙な好奇心でジロジロ見られてるってことに。

「そしてこの子……うん。まだマシャンヴァルにも意識は干渉されてないのか」

「どういうことだ?」

「姫様に聞いたでしょ? この子は人間とマシャンヴァルの間に生まれた御子だって。本来ならおチビちゃんは黒衣のキミ同様、あの国に居なければいけないはずだったんだ」

「それを、誰かが逃がしちまったってことか」

「そう、それがそもそもの発端、にして誤算さ」感情の無いのっぺりとした笑顔が俺に向けられる、ほんと気味悪いし。


「ラッシュ、知っていたのか全部」疑いの目が、今度はルースから向けられた。とはいえ俺だってネネルから断片的に聞かされただけだし、一応な。と曖昧に答えておいた。

「さーてと、とりあえずボクにだって決定権はある。だからこそこうやって自由の身になれたんだしね、ってことで……」

ズァンパトゥは両手のひらで、俺の頭を包み込んだ。

ひんやりとした、氷の塊を頬に押し付けられたような感触だ。

「黒衣……いや、ラッシュって名前なんだね。今のキミは」

「何をする気だ?」

一瞬、俺の頭の中がぞわっとした奇妙な感覚に包まれた。

こいつの手に握り潰されそうで、そのまま引きちぎられそうな、そんな嫌な感触。

と思ったがだんだんとやつの握力がハンパない力になってきた! やべえ、こいつ本気で俺を殺す気か⁉︎


「ああ……キミはなんて壮絶な人生を歩んできたんだ。ボクの髪の先にすら及ばぬ短い命なのに、これほどまでに辛く苦しく激しい生き方をしているだなんて! 本当に素敵だ!」

俺とあいつの……ズァンパトゥの青白い額がごつんとぶつかった瞬間、つかまれた頭から全身へとまるで雷にも似た、奇妙な感触がほとばしった。

例えるなら、無数の手でくすぐられているような……いやそれも違うか。とにかく俺の身体から頭の中へあいつのたくさんの手が伸びて、それらが……


「キミに今日出逢えてボクは最高に幸せだよ。黒衣のラッシュ。そう、オルザンの末裔にしてボクたちの同胞でもあるよね。願わくばその武器でボクの首をはねてもらいたいくらいさ、すぐにでも死んでもいいくらいにね……」

「……それは無理だ……ネネルが戦うな……って!」

「そうか、姫から止められているんだ。実に悲しいことだ、だから……!」


手じゃない、根だ! 無数の根が俺の皮膚の下へと潜り込んで、そいつらが俺の頭の中へと潜り込んでいる。

「ぐああああああああああああああ!」

遠くへ消え去っていきそうな意識をぐっと踏みとどまらせる。だが根っこの侵食は止まる気配すらない。


「怖がらなくていいさ。キミの身体はひとつも傷つけてはいないからね。ただキミのその血塗られた全てを知りたいんだ! 分かりたいんだ!」

コイツの気持ち悪い講釈なんて聞きたくない。しかし離れようにも身体が動いてくれない、くそっ!


「だからラッシュ! キミの願いは全部聞いてあげる、叶えてあげるよ! だけどボクの願いも聞いて!」


奴の声がだんだんと、洞窟の中で叫んでいるかのように反響しつつ、遠く小さくなってくる。

「そうだ、キミの未来を見せてよ! 沢山あるキミの未来を! そうだな……どんなのがいいかな? やっぱり戦いに明け暮れる日々が好き? それともどこかの国のお姫様に求婚されたい? それとも……」


ふと、ズァンパトゥの口が止まった。


「そうか、王様か。ならば……!」

突然、大量の水が俺の身体を包み始めた。

鼻から、口から水が容赦なく入ってくる。溺れる!

相変わらず手足をバタつかせる事すらできぬまま、俺の意識が今度こそ、一気に……遠く……

……………………

………………

…………

……

上下の感覚も分からない水の中で、俺とズァンパトゥは二人きりとなった。

あいつの身体は水に溶けているかのようだ、例の気色悪い顔だけがふわふわと俺の眼前で浮いている。


「ボクと戦ってくれるかな、ラッシュ」

戦う……? こんな変なところでか?

「ううん、キミの未来へキミを連れてゆくのさ」

「いってることが、わから……ねえ」


「怖がらないで、ちょっとだけ意識が遠くなるだけさ、目が醒めたら、そこは……」

「どこに、いくん……だ?」


「言ったろ? キミがいるとっても素敵な未来さ。そこでボクを倒してくれないかな。もちろんボクも全力で立ち向かわせてもらうからね」


ちょっとだけ、あいつの口から笑みがこぼれた。そして……


襟首を掴まれたような、ちょっと首元に痛い感覚がよぎった直後、俺の身体が真上へと飛ばされていった。

いや、俺の身体は普通に下にある。

となるといったい、ここにいる俺は……?


俺はどこに?

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