0-3 オルザンへ
とりあえずジェッサには念を押しておいた「お前なんかと結婚する気はさらさらねえからな」と。
「私もだ」と短くあいつは返したが、そうはいわれても、あれ以来、見れば見るほどジェッサのことが妙に気になってしまう。意識しちまったが最後ってやつかな。
しかし……俺はこっそり行きたかったんだけどな。なぜここまで軟化しているんだか。
「あれ以来、旅陣の奴らが何人も足を踏み入れているのだと長は話していた」
そういえば、国を出て各地の地図を作ったり、未開の地を探索しているバカ連中が増えているって聞いたことあったな。それが今は旅陣なんて洒落た名前付けられているとは。
「一度噂話が広まれば、もう止めることはできぬ。これも世の流れと言うやつなのかも知れないな」
数日分の食料をザックに詰めながらジェッサはそう話してくれた。相変わらず厳しい目つきはそのままだ。
「で、その旅陣って奴らどもはどうなっちまったんだ?」
その先は長も口を開かぬ。とジェッサは首を左右に振った。
なんだよ、俺は結果が知りたかっただけなのにな。
「ひとつだけ守ってもらいたい。オルザンからは何も持ち帰るな。これは長ではなく、村からのお願いだ」
いきなり核心を突かれちまった。つまりは金銀財宝があってもそのまま見てるだけってことか。
「ガンデ、お前はオコニドとの戦いで嫌というほど稼いだろ。私は知ってるぞ。しかし何故に身の丈以上の金を欲しがるのだ? 人間というものは……」
はじまった、ジェッサの説教が。こいつと組むようになって以来、事あるごとに口うるさくいうんだよな。
金の分配に然り、メシの食い方、剣の手入れの仕方云々……まるで女房みてえだ。
あ、いや、女房……なのかな?
荷支度を終えてジェッサの家から出ると、今まで吸ったこともないような澄んだ空気が俺の胸に飛び込んできた。
生まれてこの方、血と死体を焼いた臭い煙以外胸に吸い込んだ事がなかったから。
村を出てしばらく歩くと、俺の前を行くジェッサが、無言で遥か前方を指さす。
ちょうど朝日が上ってくるところだ、こいつそんなモン見せたかったのか……
いや、違った。
俺の眼前を全て埋め尽くすかのような穴……いや、窪地と言った方が正しいかも知れない。
行く手にはなだらかな坂、そして一面に広がる木々たち。
それらすべてが血のような……いや、限りなく黒に近い血の色をしていた。
オルザンに行った旅人が話した、血の色とはこの事だったのか。
「朝日に照らされるほんのちょっとの間だけ、オルザンはこうやって真の色を我等に見せてくれるのだ」
高鳴る胸を押さえ、ジェッサと俺は坂を下っていく。窪地とはいったものの、恐ろしいほどに底が見えない。まるで山を下っているみたいだ。
そして一歩一歩オルザンへと近づくたびに、澄み切っていた空気がなにやら濃く感じられてきた。
湿ったような、しかし胸の奥にズンと残ったままのような妙な感覚。
「大丈夫だ、すぐに慣れる」俺の心配を分かってくれているかのようにジェッサは言ってくれた。
そうだ、ここから始まるのだ。
俺の人生をひっくり返してくれた、あいつとの出会いが。
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