淡雪のエセリア 4

姫様と別れて、俺はイーグと共に帰路についた。

「なあ、結婚ってどんな感じだ?」

イーグの白い息と鼻水が思いきりぶはぁ! と飛び散った。そんなに変な質問か⁉︎


「いいい一体なにかと思ったらけけけ結婚って⁉︎」

ルースはいいとして、俺の仲間うちではこいつが唯一結婚してるやつだ。要は俺は結婚したこともなければされたこともない。もちろんエセリアも……だろう。

つまりは結婚される時はどんな心構えでいた方がいいとか、どんな返し方すればいいのか、とか聞きたかったんだが。

「いや、俺だって同じ村で幼なじみだったし……遠征に出かける前に彼女に言ったんだ。無事に帰ることができたら結婚して、二人でパン屋開こうぜってな」

「そんだけ?」

「ああ、そんだけ。でもって帰ってきてすぐ、村で結婚式あげたんだ」


幼なじみ……か。俺にはそんな存在すらいなかったから、余計分からなすぎる。

「つーかなんで結婚の話いきなりするんだ? 誰か好きな人でもできたとか?」

「ああ……さっき姫さんに結婚させられた」

またもやイーグはぶふぅっと吹いた。

「ななななんでだよ!? お前が結婚を申し込むなら分かるけど、させられたってどーゆー意味だよ! しかも姫さんが?」

そうなんだよ。申し込まれた……とは違う。まさに結婚【させられた】んだ。だからもう俺の頭の中は何本ものロープがごちゃごちゃに絡まったみたいになってる。何をどうしていいのかすら判断できない。

嘘でも構わない……とは言われたものの。

「で、なんかその後にしたのか? キスしたりとか」

「なんにもしねーよ。そのままずっと二人で焚き火見てた」


まあそれならいいか。なんてイーグは残念そうな顔して話してたけど……うん。そうなんだ。きっと嘘なんだ。嘘じゃなかったら一大事だ。


姫は……まだ人間だし、俺は生まれついてのケモノビトなのだし。

とりあえずイーグには言いふらすんじゃねえとは念を押しといた。あいつはそこまで口の軽い奴じゃないとは思ってるけどな。

「仲人とかは…いるわけないよな」

「ナコード? なんだそれ」

「結婚とかを見届ける仲介者って感じかな。二人の間に立つんだ」


なるほどわからん。ラザトの奴にはそこまで命預けたくはないし、エッザールは……といえば。

「フィンと二人で旅に出たァ? マジかよこんな時に!」

ああマジだ。あいつは寒い所が大の苦手らしいから、暖かくなるまでしばらくの間南の方へ旅に出るんだって。


でもって、フィンも一緒に付いてっちまったんだよな……修業したいとかいってふらふらと。

まあエッザールの方はいい弟分ができて喜んでたのは幸いだが……あ、いやそんなことはどうだっていいんだ。とにかくこれはイーグと二人だけの秘密にしておかなければ。


「ラッシュは姫様のこと好きなのか?」

俺はひとこと「わからねえ」とだけ答えた。

「うーん……要するにラッシュはそこまで誰かに愛されたことがないから、そこんトコの感覚が鈍いのかも知れないな」

「愛された……?」

「ああ。といっても親方さんとかチビとはまたかなり違う。ずっとぎゅっと抱きしめて、でもってくちびるをだな……こう」

イーグの野郎、唐突に俺にキスを仕掛けてきたから、とりあえず一発殴って黙らせた。

「バカ! 今のは例えだよたとえ! 好きだったらキスくらいしろってンだてやんでえチクショーバカヤロー! 本気で殴るやつがいるか!?」

頭を押さえながら、涙目でイーグは訴えかけてきた。すまん、ダメージデカすぎたかもしれない。


つまりは、次回エセリアに会ったらキスしろ……ってことなのか?

「そーゆーこった。お前も男だろ? だったら抱きしめてキスでもしてみるんだな。そうすりゃ姫様の気持ちだってきっと分かってくるさ」

「気持ち……か」そうは言われても、まだ俺の心の中にはそんな感情が湧いてこないままだ。

「そうだな、いつもそばにいる女の子にまずはアタックしてみたらどうだ? ジールとか、新しく来た子とか」

「タージアのこと……か?」

「優しくしてみな? きっとあちらさんもラッシュのその疑問に応えてくれると思うぜ」


勝ち誇った顔でイーグはそう言った。

だけど、優しくっていうのもなあ……俺にそこまでやってみろというのかよ。これってかなり難度高すぎやしねーか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る