淡雪のエセリア 3

「物語によくある、母の命と引き換えに……なんて、そんなのやはり昔話の中でしかありませんでした。予定していた日より何ヶ月も早く私は産まれましたが……息も、胸の鼓動も止まったままだったのです」


うーん……物語とか生まれる予定日とか俺は全然分からねえ領域なんだよな。とりあえずうんうんとは相槌打ってはいたけど……要は死産だったのか。


「私を生き返らせるために、城の医師や祈祷師が何人も蘇生を試みましたが、ずっと私は死んだまま。そんな私を救ったのが、今のデュノ様の父親であるドレ様なのです」

ルースの親父か。あいつの家族のことも初めて聞いたな。

「息を吹き返しはしたものの……私はネネルに会うまでずっとベッドから起き上がることもできず、それまで本と薬だけが友達でした」

「ルースとはいつ知り合ったんだ?」

「ドレ様が亡くなって、それからはルース様が私に付きっきりで看病してくれるようになりました。外の空気に当たると、すぐ熱を出してしまう私に優しくしてくださって……外の世界のこととかみんなあの人に教わったんです」


そして、エセリアは何か言いにくそうな、まるでここから先のことを話すのが恥ずかしいのか、うつむき加減にまた言葉を紡いだ。

「いつもルース様は楽しそうにラッシュ様のことを話してくれたんです。百戦錬磨の傭兵だけど、お調子者でどこか抜けてて、でも大事な仲間だって。だから、私……」

握る手に、ぐっと力がこもった。

「一度もお会いしたことのないラッシュ様に、心奪われてしまいました」


え、ちょ! マジか……ルースから教えられたものだけで俺を好きになったって、あまりにもぶっ飛びすぎてるし!


「それからネネルを通じて、こうしてラッシュ様に会うことができて……わたしは、私は今とっても幸せです!」

「い、いやそうは言われてもだな、ネネルのやつから聞いたろ? 俺とお前は身分から何から全く違う。お前にはお前の……えっと、別の国の王子様と結婚するとかあるだろーが!」

あ……そうじゃない。これからのネネルはそうだが、エセリアには残された時間が……

「ええ、私がこれからもずっと生きてゆくことができるのならばそうかも知れません。けれど……今のエセリアである私にはもう……」

エセリアはコートを脱ぎ捨て、炎の前に立った。

寝巻き一枚隔てたその身体はまだ幼い。確かフィンと同い年くらいだったか……

「この身体に私の意識が居続けられるのも、おそらくはあと一ヶ月くらい。あと一回ラッシュ様に会えるか会えないかです。だから……」

エセリアは胸の前で自身の手を合わせた、まるで俺に祈るかのように。

「ラッシュ様、嘘でも構いません! 私と今ここで結婚してください!」


え、

えええ、

ええええええええええええ!?


ちょっとまてなんでいきなり結婚なんだよ! それより先に、こう……一緒にメシ食ったり、俺の自己紹介とか、ルース以外の仲間を紹介したりとかあるじゃねーか! またネネル怒るぞ。抜け駆けされたって。

それに……前にネネルが言ってた……じゃない、きっと誰だって知ってるであろう【兄弟王のいさかい】のことを忘れたのか⁉︎ 王様とか兄貴がこれを知ったらどうする! 俺もお前も命はないぞ!


……けれどもエセリアはそんな俺の動揺をよそに、にっこり笑いかけるだけだった。

「はい、分かっています……だから嘘でも構わないと私は言ったのです」

そして、ダンスの相手でも願うかのように、姫様は俺の手を取った。

勢いを増す暖炉の炎の前で、そんな俺はなす術もなく立ち尽くすだけ。俺の身体もどうしたらいいのか……ドキドキと鼓動と共に熱くなっていく。


「ラッシュ様、お願いします。この私の……エセリアである私の命が天に召されるまでの、しばしの間だけ……」

そうして爪先立ちになり、エセリアは俺の身体をぎゅっと抱きしめ、顔をうずめた。




「あなたの心に、私の生命を寄り添わせてください」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る