淡雪のエセリア 1

とても長く感じたマティエの騒動、あれから半月経った夜のこと。

朝から降り続いた雪は、すっかり景色を真っ白に変えてしまった。

寝床から外を見たとき、思わずうわっと声を上げてしまったほどだ。

これほどまでに雪が降ったなんて、俺の生きてきた記憶には……ない。つーか寒い。チビもずっと俺の身体にしがみついたまま寝てるし。

二人の目を覚まさせないようにゆっくりと外に出る。


そう、今夜はネネル……いや、エセリア姫に会わなきゃいけないんだ。あのときクラグレの花の情報と引き換えに「さらってくれ」だなんて言いやがるから……でも、発端は全部マティエ……いや、ネネルが仕掛けたことなのに、俺一人がこうやって被害を被るのっていうのも、あまりにもおかしすぎるし。

なんでこう、俺ばかり貧乏クジ引くのかな……


空に向けてふうっとため息混じりの息を吐くと、まるで煙突の煙みたいに、どこまでも白い煙が消えずに飛んでゆく。

さて、城まで行かなきゃな。と外に一歩目を踏み出した途端。

「つめッッッッッッッッッッッッッッッッッてえええ!」

寒いと言う感覚をすっ飛ばして、まるで全身が瞬時に凍りつくんじゃないかと思えるくらいの雪の冷たさ。


前にも話した通りだけど、俺たち獣人は靴なんて履かないから、余計足の裏の冷たさがしみてくる。

いや、戦地でちょこっと雪が積もったくらいはあったけど……足首の上までずっぽり入ってしまうなんて初めてだ。この街の歴史始まって以来かもな。


「外に出るなら、ブーツ出そうか?」

寝ぼけた目をこすりながら、トガリが不思議そうな顔で聞いてきた。俺の叫びを聞いてたのか。

「いらねーよ。そんなモン」

「痩せ我慢しないほうがいいよ。ここまで積もると僕らだってそれなりに対処しないと」

「こ、これも修行のひとつだ。我慢すれば熱くなる!」

……とは言ってしまったものの、すでに雪の中に入ったままの足の爪先はかじかんで感覚がなくなっていた。

大丈夫だ……そのうち火照って熱くなる。


みんなには言うなよ。と念を押して、俺は地面を踏みしめるために「つめてえええ!」と叫びたくなる衝動を押さえながら、城へと向かっていった。


……ブーツ、履いてくればよかったかな。


……………………

途中で何度も足先を温めながらも、俺はようやく城の通用門へと着いた。

ネネルいわく、ここで待てとのこと。いや寒くて待てない。

先に(仕事のフリをして潜入した)イーグが、また変装した姫を連れて出てくるから、そこで俺と交代。これがいわゆる【誘拐方法】だ。


雪のせいで全く音のしない空間を、どのくらい待ったか分からない……が、ふと背後から扉のかんぬきを外す音が。

「お待たせ、ラッシュ」イーグだ。あいつももくもくと白い息を弾ませている。

「夜明け近くになったらまたここで待ち合わせな。姫さんのベッドにも細工しといたから、夜間は絶対バレないさ」

「わ、わわわりいいいイイーグギガゴッ」寒さで歯の根が合わなくなってきた、まともに話すこともできないし。


「す、すいませんイーグさん。無理を言ってしまって」

遅れて、グレーのコートを着た小さな身体が小走りで駆け寄ってきた。

はて、いつものネネルの喋りかたとは違う……?


「は、はじめましてラッシュさ……ん」

目深に被ったフードからこぼれ出る柔らかな金色の髪。それはいつものネネルであって、けれど彼女とは違っていた。


「ずっと……ネネルの意思でお会いしていたから、私の方は……はじめましてなんですよ、ね」

「えっと、つまり、今は……」

「はい、私がエセリア=フラザント=レーヌ=ド・リオネング……です」


これが、本当の彼女だったのか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る