彼女の傷跡

「もしかしてラッシュとタージア姉ちゃんって……」フィンがいやらしい目で見てくるから、とりあえず一発殴って黙らせた。


「べべ別にそういう感情はないですから。その、私はただ単にラッシュさんの……その」彼女がフィンの奴になにか言い返したかったけど、やっぱり人間相手ではだめなのだろうか、そのまま真っ赤になって黙り込んでしまった。

「大丈夫、俺は何も聞いてなかったことにするから」

すいません……と、彼女が小さな声でそう答えてくれた。


でも、これって俺のほうが鈍感だったりするのかな……イマイチよく分からん、こういう場合の感情っていうのは。


ってなワケで、トガリが作ってくれた料理を囲んで改めて歓迎会が始まった。


そう、エッザールと、そしてタージアの参入祝いだ。

しかしよくよく見てみたら、このメンツで酒飲むのってジールしかいなかったんでは!?


「トガリって酒飲むのか?」

「ある程度はね。でも料理係が酔っ払っちゃダメでしょ」なるほどその通りかもしれない。


タージアは……といえば、やっぱりジールのすぐとなりで、トガリ特製の山盛りサラダをはむはむ食べている。

なんだろう、これほどまでに全員意気投合しない歓迎会っていうのもなぁ。これじゃただの食事会じゃねえか。

「それはしょうがないですよ。商工会の集まりとは違う、我々は傭兵稼業なのですし」

なるほどエッザールの言う通りかも。今がたまたまピクニックできる平和なひと時なのであって、本来は……


思わず青い空に、俺はつぶやいていた。

「自由っていうのも、結構退屈なもんだよな……」


………………

…………

……

食えるだけ食ったらすげえ眠くなっちまった。ついそのまま柔らかな草のベッドに寝転んで、そのまま寝入ってしまった。


隣には同じ格好でチビが。そして反対側には……って、えええええええ!?

またタージアかよ。俺の鼻先でくうくうとかわいい寝息立ててるし。こうやって見ていると、まだまだ子供なんだな。なんて俺はついついその寝顔に見入ってしまった。


だけどこいつ、不釣り合いなくらい大きなコート着てるな。なんて思ってその手を見てみると……

手首……いや、服に隠れて見えなかったんだ、彼女の腕に無数の傷跡がついていた。

遠目で見てもほとんどわからなかった……ってことは、だいぶ年数が経っているってことだ。

コート同様長いエプロンで隠れていた、そのむき出しの素足にも、たくさんの古い傷跡。

「な……んだ、これ」


「それが彼女の過去だよ。ラッシュ」見上げるとそこにはジールが覗き込んでいた。

「過去……?」

「親元でひどい虐待を受けて育ってきたの。だから彼女はいまだに人間をひどく怖がっている……メガネだってそう。別に目が悪いわけじゃない。人を正視することができないから、あえてこういうメガネで見るものを選んでいるのよ」

細い指で彼女の髪をなでつけながら、ジールはまた続けた。


「唯一の話し相手が、裏庭や納屋の隅に生えている草花だったの。その能力を見出したのがルース。誰も入ってこない城内のラボで、二人っきりで勉強と研究をして……あいつも子供の頃に同じような育ち方したって聞いてたからね。きっとルースは、彼女の姿に自分を重ね合わせていたのかもしれない」

「ルースのやつは、こいつのことを好いていたのか?」

ジールは、ううん違う、と首を左右に振った。

「恋愛の感情とは違ってた。彼女のことは教え子にして、実験台ってところかな」

「え……なんだその実験台って……!」

俺がそれを言い終えた直後、タージアの細い腕が、ジールの腕をギュッと掴んだ。


「そ、それから先は、私から話します……ので」

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